2015/08/27

ビー玉迷路!

ちょっとボイトレのお話はおやすみしまして…こちら!

ビー玉迷路です。

小生、小学6年生の息子がおりまして、
その夏休みの自由研究が、毎年ビー玉迷路はのです。


年々レベルアップしまして、今年は橋も凝ってます。
細かいカッターを使うところや設計は私も手伝いました^o^


スタートは2階から♪
落とし穴に落ちてはいけませんが、落ちないと次へいけないところも…。
材質は画材屋さんで売っている、イラストボード。1.5mm厚です。


カラフルです。ちょっとキツイ?(^^;;


最後は2連ジャンプ台。穴に落ちるな~

今回はなかなか正解ルートを探すのも一苦労、落とし穴、橋、ジャンプ台と、
6年間の総決算でした。
えらい時間かかったな~(^^;;

二人で「あーでもない、こーでもない」
絆の深まった夏休みでした♪

たまにはこんな記事でもと思い書いてみました。
趣味の高速バスのブログもよろしくお願いします(笑)
ボイストレーナーのバス日記




↓ブログランキングに参加しています♪よろしければおねがいします♪
にほんブログ村 音楽ブログ ヴォーカルへ
FC2Blog Ranking
2015/08/25

「歌唱力」と「発声の良さ」との違い

ボイストレーナーの浜渦です。

世の中には「発声はイマイチだけど歌唱力はある」
こういう人はよくいます。

呼吸を含めた発声法で大事なのは、

「どんな呼吸(呼吸法)」が「どんな声(発声法)」と「どこ」で「どのようなバランス」でミートしているか。また呼吸の流れが止まらないこと

そのミートの仕方が良いと、
発声の良さと言われ、
ミートする場所を歌唱中に失わないことが「歌唱力」の大きな要素となります。
「ミートの仕方や場所は良くないが、その場所が一定なので歌唱力はある」ということもあるわけです。

逆に、ミートするポイントは良いのだが、すぐにそのバランスがくずれたり、ある音域や発音でのみ良い場合、呼吸のミートに一貫性がなくなり、

「なんだかよいうたなんだけどね…」

となりかねません。
ミートの位置や息の流れは、
例え発声練習でできても、
歌唱やセリフ時には、
発音や音程、ボリュームやリズムなどが束になって、
崩しにかかってきます。
それを御しながら歌う、話す。
これこそ、歌唱力の大きなポイントです。

これができると、歌がまた楽しくなります。
たとえ、歌うことが嫌いな人や、セリフが苦手な人も、
「ああ、だからいままで嫌いだったんだ」
と、思えるようになりますよ♪




↓ブログランキングに参加しています♪よろしければおねがいします♪
にほんブログ村 音楽ブログ ヴォーカルへ
FC2Blog Ranking
2015/08/15

「使える」高音・大きな声が出ない人へ…

ボイストレーナーの浜渦です。

簡単に言います。

「使える」大きな声や高い声を出したければ、

力強いピアニッシモをだせるようになること。
力強いピアニッシモを出したければ、
強い呼吸をだせるようになること。


強い呼吸とは、多い呼吸ではなく、
速い呼吸でもない。
呼吸圧をつくるのです。
そこに感動も宿ります。

力強いピアニッシモを出せるようになれば、やがて、力強いフォルテシモも出せるようになります。

弱いメゾピアノから弱いメゾフォルテをウロウロしてはいけません。

アクセルとブレーキを同時に強く踏んで、時速1キロで走る車のような、
一見、効率の悪い綱引きのような呼吸。

そんな強い呼吸をだせるようにしましょう。

それは腹式呼吸ができたって、それだけではどうしようもありません。

強い呼吸が柔らかい声帯をつくります。
発音に、発声に、音域に負けないフレーズを、音楽をつくります。

そんな呼吸がなくても高い声や大きな声を出す方法も実はあるのですが、私は教えません…
出るだけで感動の少ない、表現のない声は、やはりお渡ししたくないのです。


↓ブログランキングに参加しています♪よろしければおねがいします♪
にほんブログ村 音楽ブログ ヴォーカルへ
FC2Blog Ranking
2015/08/05

「違う意見」でも一緒に何かを作りたくなる。それが人間(=芸術)だと思う

私ごときが、世の中の趨勢や動向に対し、何か意見を言うほどの実力はないのかもしれませんが、
昨今の全体的な「異なるものの排除」

これに対して少し思うままに。。。

「同じ意見」という理由だけで共有できるものって少ないのかもしれない。
全く違う意見でも「このひととなら何か一緒にやってみたい」ということもある。
同じ意見でも一緒に何か作りたいと思えない人も、実際多いだろう。

音楽家や役者さんで、本気で「人間を描き出したい」と思ったことのある人なら、
もしかすると「何を当然のことを」と、思われるかもしれない。

いや、もっと言えば「音楽家」だなんて気取ったことを言わなくても、
人間ならば「違う意見のものとの共有」
・・・それは自然なことなのかもしれない。

逆に意見が同じだけで集まることに怖さを感じているひとも多いのではないだろうか?
違う意見のひとと何かを作るには、
一度真正面からぶつかる、またじっくりとことん話し合う必要がある。
それは大変なことだし、面倒だし、
何より、
「疎外される・のけ者にされる」
そういう怖さがある。

しかし、それが権力者だったらどうだろうか?
臆病で、自分の側近は同じ意見や保身に走るものばかり。
相手の意見には答えているようで
「共有する気は全くない」
主義主張を超えて解り合えるもの、
いや、分かり合えなくとも、そこに向かう第一歩となり得るもの。
それが芸術すなわち人間だと思う。

芸術とは、立つ・座る、前へ行く・後ろへ行く、右へ行く・左へ行く・・・
あらゆるものの、
「葛藤、身を引き裂かれる思いを体現するもの」
・・・私はそう思うから。

悪く言えば、究極の優柔不断かもしれないけれど(笑)
その葛藤に答えはないでしょう。それは苦しいことかもしれません。
だからこそ、共有でもきるのだと思います^^

※ここに書いたことは、特定の主義主張・宗教、右・左さしているものではありません。
全体的にそういう空気になっていると思い書いたものです。


↓ブログランキングに参加しています♪よろしければおねがいします♪
にほんブログ村 音楽ブログ ヴォーカルへ
FC2Blog Ranking