2015/10/30

<重要!!>「目」と「呼吸」の密接な関係。

ボイストレーナーのはまうずです。
きょうは東京から移動しての関西レッスンです。
兵庫県は尼崎市におります♪

さて、呼吸をすること=生きること
と言っても過言ではないでしょう。

しかし現代のストレス社会では、
気づいたら呼吸を止めがちです。
スマホをのぞきこんだり、仕事でpcに向かったり。
人は「じっと凝視する」と呼吸が詰まります。
つまり視野を拡げておかなければ、呼吸は止まってしまいがちなのです。
それほど、目の筋肉と喉の筋肉には関連性があるのです。

これは「人の目を見る事」が大切を曲解してしまう原因にもなります。
「人の目を見て話せ」といわれて、本当にその人の目だけを覗き込むようだと、
呼吸がつまります。
呼吸が詰まった人からは
本当に腑に落ちた「ああ、なるほど!」なんてこたえは帰って来ません。

人によって視野の広さは違いますが、
一点だけを見ず、
見える所全部を感じながら、
その中心に相手の目を置く、が正解です。


これは実は目が見えない人も同じです。
むしろそういう方の方が全体を把握する能力が長けていたりするのです。

見えるからこそ、一点しか見なくなってしまう。
健常者の欠点です。
一点しか見ないから呼吸が止まる。
さらに目が泳ぐと呼吸も泳ぎます。
それでは正しい呼吸法も発声法も役には立ちません。

ところが、慣れていないと、
全体を把握しつつ、どこか中心から目をそらさないのは難しいのです。
もちろん、呼吸がまずいからです。
(上手いのは啓司さんや大物犯人、岡本太郎さんなど)

その為に、いちど、一日中、
「今自分が生きをしているかを感じ、確認し続ける日」
を作ってみてください。
それがどんなにまずい呼吸だろうと、
やめない事。
ものすごく難しいですよ。
でもそれで自分がものすごく見え、
今出来る事、何を無理していたか、などが手に取るようにわかってくるのです。



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2015/10/29

答えは「予測外」にある。「予定通り」はつまらない。

ボイストレーナーのはまうずです。

私たちは、ものごころついた頃から、
安全な道、人からはみ出さない道を歩もうとしたり、
「私の実力はこんなもんだ」
と自分で限定してしまいがちです。

その結果、予定通りにいかないことをとても恐れてしまいます。
音楽や舞台でで予定通りとは、まったくつまらないことです。
しかし、違う音が出ることを怖れ、ひっくり返ることを恐れ、
せっかく作ってきた基礎やテクニックにプラスして
正しさを担保するための余計な力を入れ
つまらない、また喉が痛くなるような「正しい音程」をだしてしまいます。

この余計な力とは、失敗しないための力であると同時に、
絶対成功しないための力でもあるのです。

もし、ここから正しさを予測せず、正しさを担保するための余計な力を抜いたら、
どんな声がでるのでしょうか?

想像もつかないはずです。

でもそこに答えがある!
もしかすると、想像を絶する素晴らしい声と表現が待っているかもしれませんし、
とんでもない大失敗が待っているかもしれません。
0点か100点か。

しかし失敗は成功の素です。

余計な力を入れずに、失敗した時には、必ず、
「なぜ失敗したのかが冷静に見える」のです。

さらにその失敗は、見ている人も、失敗した本人も、
「うまくでなかったけど、精一杯の表現をした」と、
みんなに喜ばれるはずです。

大切なのは、共有することと、誰も不幸にならないこと。

余計な力とはすなわち、取り繕うこと。
そこでどんなに正しい音程やボリュームが出ても、
憐れまれたり、やりきれなかったり、誰かが不幸になってしまいます。

最後に。
違う音程やひっくり返ったり、ガラガラの声がでても、
それが予測外なら成功、または成功への第一歩だ!!!!

さあ、勇気を!!



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2015/10/28

表現のための脱力はダイエットに効果あり

ボイストレーナーの浜渦です。

発声に必要不可欠な脱力。

脱力というのは、ただストレッチをしたり、手をブラブラ振るだけではだめで、
動かずに、骨を緩め、立っている力以外の力を抜く、と思っていただければと思います。

これが出来ないと、必要な力を入れた時、要らないところにも力が連動して入ってしまい、余計なところが動いてしまったりしてしまいます。

詳しいことはまたにしますが、
この脱力、ちゃんとできると、
多くの方が、
「胃がちょっと重く感じる」
「お腹が気持ち悪い」
などと言われます。

つまり、適切な脱力ができることで、
自分の胃腸の調子もわかってくるのです。
また適切な脱力は、血流を良くし、身体もあたたまります。また身体が起きないときや眠れないときにも有効です。

逆に考えると…
余計な力が胃や腸が胃腸の悪さを気づかせず、余計に食べてしまう。
必要以上に食べても、気持ち悪いことになかなか気づかない。
その割りに、
「胃腸が弱い」
となんて言うわけです(^^;;
しかも血流も悪い。
これこそ、ストレスの成せる技…現代病も身近に。

胃腸の調子の悪さを感じない上に、
心も満たされていなければ、
あとは食べるのみ…!

これは、そういう方もいる、という話ですが、当てはまる方も多いのではないでしょうか?

まずはご飯を食べる時、お腹周りは脱力してみてくださいね。
適量でお腹が満たされるとおもいますよ♪


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2015/10/27

発音・滑舌が悪い本当の原因

ボイストレーナーの浜渦です。

私のところには歌や役者さんに限らず、
「発音・滑舌をなんとかしたい」
という一般・社会人の生徒さんも良くいらっしゃいます。

声が小さいわけではないのに、
●よく聞き返される
●発音が不明瞭
●他のスクールで舌根が固いと言われた
等々。

そこで、舌の動かし方や口の開け方が間違っていると思い、舌や口の正しい動かし方を練習したり、習ったり。

しかし、気をつけていただきたいのは、
発音・滑舌が悪いという方の多くは、
舌や口に問題があるのではなく、
呼吸が弱かったり乱暴であるため、
息の流れが悪いことに原因がある、

ということです。
具体的にどういうことなのか?
続きは少し長くなります、が追記にて。
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2015/10/26

よく開いたノドと閉まったノド、さて声を「出しやすいのは?」

単刀直入に言いますと、
ノドを締める方が、当然出しやすいのです。
(ここでのノドとは声帯の閉鎖ではなく気道の開け閉めです)

ノドを解放した方がひっくり返ったり、ガラガラな声。
つまり「希望からかけ離れたデタラメな声」が出やすい。
いや、そもそもそんな声すらなかなか出ない。
しかし正解この出にくい方はのこちらです!

なぜノドに力が入るかこれでお分かりだと思います。
いらぬ力が入らない方が難しいからです。
ですが、我慢していると、やがて声帯の方が・・・

「そんなにワシに仕事をさせたいんか。ならちょっとうまいこと振動してやるかな」
とやっとその気になってくれるのです。

それまで「解放+デタラメ」で我慢できますか?
いや、我慢してください。
気づいたら体が心地よく疲れ、汗だくになっていますよ♪
つまり呼吸を覚えるということ。
それくらい、余計な力を入れないことは大変なことなのです。
ただし、とんでもなく気持ち良い!

この心地よさ、味わってくださいね^^



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2015/10/26

声楽の方へ。その前にポップスをやってみよう。

月曜日の朝。
これを書いています。

声楽をやってポップスが下手になる人。
ポップスをやって声楽が良くなる人。

両方山ほど見てきました。
クラシックの声楽は、ポップスよりやはり難しい。
しかし、共通点はとてもたくさんあります。
ポップスの人は、その共通点を一生懸命やり、
クラシックの人は、その共通点以外のクラシックらしさに一生懸命になる人が多いのです。

その共通点をこそ、すべての声(音楽だけでなく演劇となども)の基礎なのですが、
日本の音楽大学の声楽科でもそれはなかなか教えられないようです。

結果「らしさ」と「発声」ばかり追求して、
「いい声にはなったし音域も伸びたが、ポップスが下手になった」
というバカバカしいことが起こってきます。

よく「発声が違うから歌えない」なんていう人もいるのですが、
共通点(基礎)だけ残して、発声の響きだけ変えてやればいいのです。
その響きを変えることは、声楽家ならば容易にできなければならないはず・・・
響きについてはクラシックのほうが難しいし、それも自負されているはずです。

ところが響きを変えられなかったり、変えると「何も残っていなかったり」
これでは、クラシックはますます馬鹿にされてしまう。
声楽家がカラオケを歌ってえらい目に会うことはよくあるのです^^;

私はクラシックの声楽出身です。
声楽を愛しています。
だからこそ、あえて辛辣なことを書かせていただきました。
私も自戒します!



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2015/10/25

その技術は何のため?

歌の中に技術はたくさん必要です。

その得られた技術、また目指している技術は…

「心」が求めているものでしょうか?

それとも、

上手く聞かせたい、穿った言い方をすれば、
「カラオケの点欲しさ」が求めているものでしょうか?

もっと言えば自分の身体と共にあるのか、頭を満足させるためなのか…?

もちろんどちらが良い、悪いではありません。

トレーナー人情(?)としましては、やはり個性を引き出したいし伸ばしたい。
…同じ技術でも、そのひとの自由な精神、身体を生かすものであって欲しいとは思います。

上手い、巧い、いろいろありますが、そこを超えた、
「そのひとの美味さ」を表現すれば、より多くの人と共有することができるのではないか?
そしてそれはとても豊かなことではないか?
そのように考えております。


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2015/10/24

「思わず出る声」を

精一杯身体を使い、
ほんの少しの息で、
思わず出る声を。

声は出すものではなく、出るもの。
その「思わず感」に、相手の共感を得られることでしょう。

正しい発声や正しい呼吸が、いつもあなたを助けてくれるとは限りません。
これら正しいものが、あなたを助けられるようになるためには、
出す感覚を「出る」に変えていくことが、とても大切なのです。

この差はあまりにも大きいのです。
「思わず出る声を意識して出す」この矛盾を越えなければならないのです。

思わず感動を含んだ声が出る時、
あなたの身体は自然なのです。

さあ、表現という切に人間らしい行動に生きる同志のみなさん。
ともに頑張りましょう!


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2015/10/23

「電流ビリビリ罰ゲームの感覚」で余計な力を入れない!?

 ボイストレーナーのはまうずです。

よくTVの罰ゲームなどで、
電流ビリビリ、みたいなことをやっていますよね。
低周波治療器なども?

予期せぬ電流にからだ「だけ」がビクッと動く。
この時の声がとても自然なんです。

なぜか?
「予測する前に声が出るので余計な力が入る暇がないから」です。
この感覚を身につけましょう!

ただし、本当に家にある低周波治療器でやらないでくださいね。
でも電流ビリビリをやられているマネをして声を出してみてください。
表情を一切変える間もなく声が出れば・・・

低周波治療器を他の誰かが操るように、身体に指令を出すこと。
その他の誰かが他ならぬ自分の身体です。
それくらい、頭と身体は切り離せないと、自分をあやつれず、なかなか自然にはいかないのです。

※ボイトレ本やブログ、映像もいろいろありますが、実際にできているかは理論と指導法のしっかりした、
専門家に診てもらうことをおすすめします。この件の重要性については後日書かせていただきます。


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2015/10/23

決定版【声量も音程もリズムも「波」で解決!】

 ボイストレーナーのはまうずです。

いきなりですが、なわとびのなわを振ると、
波打って、その波が前へ進んでいきますよね。
(イメージできるかしら^^;)
これを、最下部の図のように、その波のひとつひとつが繋がりつつ、変化を起こすこと。
これがオリジナルの表現
とも言えます。

膨らんでいるところはボリュームが増えているところ(声量幅)。波の高さは音程幅です。
波の前後幅がリズム幅
です。
常に、最初は点であり、一気に膨らんで素早くまた点に戻ります。
この波のスピード、膨らみ頂点での滞在時間などで、
ボリューム感や響き豊かな音程感覚弾んだりゆったりしたリズムが生まれます。

この3つの音量(声量)・ボリューム・リズムの幅を自由に組み合わせることで、
感情の起伏を表現でき、「間」もつくるこができます。
しかし1つ欠ければあっという間に声帯はしなやかさを失います。
これらは声帯のしなやかな伸縮とと呼吸圧のバランスで行うわけですが、
これが難しいためすぐに喉の気道を締めることで代用してしまいます。

最初から大きな声を出そうとか、共鳴させようとしないこと。無理にリズムを作らないこと。
この3つの波は一体です。どれかを失うと、すべてを失います。
カラダができる以上のことはしないこと。
最初はどんなに小さく不安定な波でも良いのです。それはあなただけの表現であり芸術なのです。


この波は常に相対的なもの。
誤った絶対音感至上主義は、音楽を芸術から記憶ゲームへと変えてしまいかねません。

点ではなく波。つまり大切なのは、点という正解からどれだけ自由になるか。
ほとんどデタラメ、そこに楽譜の正解をどのくらい含ませるかです。
日本人はデタラメが苦手なのです。


大きな波小さな波、早い・遅い、膨らむ波。。。
波で時にあっさり、たっぷり、しっとりと、表現するのです。
この自由な波を生徒の皆さんにお渡しします。
一度デタラメな波でうたってみてください。
デタラメは正解でも間違いでもない。とってもむずかしく、めちゃくちゃ楽しいですよ♪



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2015/10/22

「メンタル」が強いって緊張しないこと?

ボイストレーナーのはまうずです。

表現においてメンタルが強いとは動じないことでも、緊張しないことでもない。
これが表現、またレッスンをする上での私の持論です。
これから始まる表現の世界に対し、ドキドキするのは自然なこと。
むしろ緊張しないのでは、手慣れてしまっているのか或いは感覚が鈍ったのか・・・
これではつまらない!

大切なのは、緊張してもやり切れる方法をみつけること。
その方法とは、
目や耳…五感が、そんな「緊張した自分も含めて」受け入れることです。
「おお、私のカラダめっちゃ緊張して震えてるやん」と、自分のカラダが発する信号を、
他人事のように、自分の目や耳、感性で感じる方法を身につけること。

これができれば緊張してたとえ変な声が出ても、
それ以上に「自然な声」なので、
自分もお客さんも受け入れられるのです。

これで誰も不幸にならない^^

・・・カラクリをいいますと、それができれば、どんなに緊張しても、
絶対入っちゃいけないところに力が入らなくなるのですよ♪
これこそ動じないですね♪
(それができると緊張も楽しめる!?)


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2015/10/21

あなたから「正解」を取ったら何が残りますか?

ボイストレーナーの浜渦です。

正解するって安心できますよね。
しかし、そこに落とし穴が、、、

歌でいう所の正解とは、
与えられた「リズム」「歌詞」「メロディー」

といったところでしょうか?
あなたの歌からこの3つをとったら何が残りますか?

そこに残ったデタラメが、あなたの表現であり、個性です。
上手く聞こえる風に、ジャズっぽく、またクラシックぽく歌っていた人も、
その「風」や「ぽく」は頭で作っていた正解にすぎないことがおわかりになるかもしれません。
(辛らつな言い方でごめんなさい)

我々日本人は正解することに安心してしまいがちです。
しかし、正解は与えてくれた人の芸術ではあっても、
それをなぞった人の芸術ではない。

あなたから正解をとったら何が残りますか?
正しいことは大変に素晴らしく、それだけではつまらないことなのです。


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2015/10/20

あなたの自律神経はちゃんと呼吸してくれてますか?

おはようございます。
ボイストレーナーの浜渦です。

発生練習や呼吸練習している時は、
その方法が良い悪いは抜きにして、当然呼吸はしていますよね。

でも、普段の生活の時、自律神経が呼吸をしていますか

普段の無意識の呼吸は自律神経がコントロールしてくれるはずです。
しかし、現代のストレス社会の中で、PCの画面やスマホををのそきながら、
対人関係に悩みながら、呼吸がしょっちゅう止まっているひとは多いのです。
それは「ため息」や時に「唸り声」となって現れます。


こういうひとはカラダの柔軟性がなくなり「キレやすく」「怒りっぽく」なります。

一度こんな日をつくってみてください。
1日、自分がしっかり呼吸をしているかどうかを感じながら生きる日を。

どんなにいいセリフや歌を歌いたくて、たくさん練習しても、
普段の生活で呼吸が止まっていては、なかなか前へはすすめません。

しかし、声優さん、俳優さん、歌手といった方々(特にそれを生業としているひと)ほど、
そのストレスは見た目の華やかさとは裏腹に自律神経がズタズタのひとがおおいのです。

ついでに言えば、楽器の方で演奏中、呼吸が止まってしまう方がいます。
すべての楽器は呼吸楽器であってほしいです。


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2015/10/19

デタラメとは

デタラメとは、
芸術の神が与えてくれた、最高の贈り物である。

デタラメとは、もちろん正解ではない。
しかし、不正解でも、ワザと間違えているのでもない。

合ってる間違っているという、世の中の価値判断から自由になっていることなのです。
それこそ芸術ではないでしょうか?


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2015/10/19

成長する時はこのタイミングだ

ボイストレーナーの浜渦です。
頭が思っている以上に、身体が動き反応する。成長の時です。
なんだかできそうな時というのは、精神が自由で、体調が悪かろうとよかろうと、なんだかバランスが取れている時。

その時に「なんだか今日はすごい歌が歌えそうな気がする」のです。

そして本当にうたえる!
想像に身体が追いつき追い越した時です。

幼少期はみんなそうだったはず。
だからすごい成長をします。

大人になると滅多にない。
たまに「あれ?今日はすごく身体が軽いぞ」なんて日が身体の方が精神に優っている時かもしれません。

身体ができること以上を求めない。
且つ、身体ができることを増やしていく。
いまの自分の頭の想像の中に答えなんかないのです。
身体が「お前もっとすごい歌うたえるよ!」って言ってくれるのを待つのです。


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2015/10/18

自由な声を出すために~第5回「自由になってデタラメに歌おう」

ご好評をいただいているこの連載ですが、すこし一区切り。

みなさんは、デタラメな歌を歌うことはできますか?
破れかぶれは違います(笑)
デタラメは正解でも不正解でもない。
そんな音程やリズムなど「答え」などから解き放たれた状態。
岡本太郎さんのいうように、

「精神の自由さからくるデタラメこそが芸術」だと私は思います。

目は開き、耳を澄まして、自分の呼吸を感じ、つまり全身で世の中と自分を感じ、一瞬たりともそこから逃げない自由さを持たないと、デタラメはできません。
赤ちゃんや犬はその泣き声、鳴き声で簡単にやりますけれど…。

これは我々日本人は苦手です。これまで話してきましたように、
●自分の五感が立場を気にするのでうまく働かないこと。
●日本の教育が、正解か間違いかを問うこと、頭の記憶力ばかりに重点を置いてきたこと。
などが考えられます。
こういう人は、目も耳も体も呼吸も声バラバラに動かさなくてはならないのに、全部「いっせーのーで」で動いてしまいます。
日本人らしいでしょう?
歌も声優さんも俳優さんも演技なわけですから、
「自分の意思で身体のあらゆる部分をバラバラに使う」ことができないといけません。
同時にしかうごけないと、それぞれがころしあってしまいます。

しかしデタラメなままでは変人扱い(笑)

デタラメができるようになったら…
その自分のデタラメな歌と、楽譜とのギャップを埋めてゆくのです。
デタラメ=芸術に、
楽譜という、作曲者や作詞者の芸術を融合させる。
この瞬間瞬間の作業こそ、音楽のたのしさのひとつ!

それでこそ、あなたの歌は本物となり、
ただ、上手い下手で判断されず、
みんなが幸せになれるような歌も歌えるようになると思います。

しかし、大人になってデタラメをやるには、基礎を固めなければなりません。
ここで始めて基礎が問題になります。
どういう訓練をすれば良いかはまたこれからかいてゆきますね。
余計なことをしない発声練習は実は10倍疲れるかも!?

デタラメという究極のたのしさを味わいたい方、来たれ♪♪


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2015/10/13

自由な声を出すために~第4回「自分の目こそ気にするな」

ボイストレーナーの浜渦です。
自由な声を出すためにの4回目。
…自由と自在は違う。頭が身体以上のことをするととても不自由になってしまうのはおわかりでしょうか?

大切なのは、身体が準備できている以上のことをしないこと。
これは、動物や物心つくまえの子供たちはみんなできることです。
ところが、大人になると…

周りの目が気になってできない。
人の目を気にするわけです。
しかし、私は人目を気にするのはエンターティナーとして大切かと思います。
問題はそのあとです。

例えば周りを見渡すと、
どうもみんなドン引きである…
ここで「どうしよう?」と思うわけですが、「どうしよう?」には二つの意味があります。

一つは、方法論を「どうしよう」
「みなさん引いてるね…さて、どうしようか…?」
周りが引いているのを「客目線」で一瞬たりとも自分から目と耳を離さず、方法・対策を考える。

もう一つは、自分の立場を「どうしよう」
「うわ、みんな引いてる!どうしよう!」
周りが引いているので、自分の立場を憂いている。

この立場を憂いているのは、自分を客観的に見れていない証拠です。
周りを気にしているのではなく、自分の立場、即ち自分の目を気にしているのです。
そうすると対策ではなく「取り繕って」しまいます。
取り繕ったその瞬間、五感は失われ、自分からなにが生まれ出ているのかを見失うのです。

頭が立場を気にした途端、身体は萎縮してしまいまい、無理はできても精一杯はできなくなるのです。

では、一体、自分を客観的に観れていると言える状態とはなんなのか?
どうすればいいのか?
答えは余計な力を抜く、余計なことしないことしかありません。
「そんなことはわかっている」という方も多いでしょう。
しかし何をもって余計な力が入っていないと言えるのか?
ここがわからねば、必要な力と不必要な力の違いも見えません。
余計なことをしないことそこに基礎の発声・呼吸が加わって、初めて見えてくることがあるのです。
それは、自分を客観的に見ることのできる自由な精神から生まれる、だれよりも豊かで自由な「音程幅」です。
これが歌唱力の肝です


キーワードは目と耳。これが何を見ているか、聞いているか?
泳いでいたり、瞬きと呼吸のタイミングがあっているようでは。。。

それをこの先お話ししたいと思います。


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2015/10/05

自由な声を出すために~第3回「バカになろう」

自由な声を出すために第3回。バカになろう。
自由な声とは、自在な声とは違い、
身体が凝り固まった頭から自由になった声という事をご説明しました。
第1回「自由な声とは何か?」
第2回「いい声と自由な声は別物と捉えよう」

もうお分かりかもしれませんが、バカになる、とは、
となりのオヤジとテストの点数を競うので貼りません。

自分の身体が頭より偉いか。
自分の頭は身体よりバカであれ。ということです。

私たちは、すぐに身体にこんな声出せ。
こんな演技しろ、と命令しようとします。
一方、身体の方はそんな準備は出来ていない。
当然、思い通りに動けないばかりか、
頭の命令と、身体の出来る事が乖離して、ものすごく不自由になってしまう。

敢えて、バカという言葉を使いましたが、身体の出来る事以上のものを頭が求めていませんか?
頭が先行すると、身体は自由さを失うのです。
我々は障害を持つ人に対して、勝手に哀れんでみたり、
また邪魔者扱いしたりしがちです。
誤解を恐れずに言えば、健常者の方こそ、不自由になっていないか、
検証すべきだと思います。

逆に言えば、いま、身体がなにを準備できていて、
その準備ではどの程度の声が出るのか?
照れくさい言葉を使わせていただくと、
身体の声を聴いていますか?
という事です。

しかし、我々はいつから、頭の方が偉くなってしまったのでしょう?
なぜ、身体より頭が賢くなってしまったのでしょう?

我々はすぐにひと目を気にします。
実はそれは子供も同じ。
しかし大人は「立場」をいつからか気にしだします。

次回は、第4回「自分の目こそ気にするな」です。
よろしくお願い致します。


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2015/10/02

自由な声を出すために~第2回「いい声と自由な声は別物と捉えよう」

ボイストレーナーの浜渦です。

自由な声とは、思った通りの声ではなく、身体が精神から自由になって出す声のこと、ということはお分かりいただけましたでしょうか?
第1回自由な声とは

つまり身体が自由である状態を作らねばなりません。
その時に出た声が、たとえガラガラしていても、大した声でなくても構わないのです。
それを受け入れられれば
「その時の呼吸と声のバランス」がだんだんわかってきます。
「こんな呼吸でこんな声帯の使い方したら、こんなガラガラなんだ」
「じゃあ、こんなバランスにしたらどうかな?」
こういうストーリーを描くのです。

しかし、多くのひとは、思った通りの声が出ないと、その瞬間からあせって取り繕ってしまいます。
その状態を「作った声」と言うわけです。

自分から変な声が出ても、お客さんは
「変やな~」と思うだけで、取り繕わないこと。
そういうお客さん側の目を持てるか。
これはもちろん、トレーニングで可能なわけです。

そういう客観性を持てると、表現することは俄然楽しくなります。
自分から出てるものと頭が別々に動くわけですから、この感覚は病みつきになりますよ!

では、身体が精神から自由になるとはどういうことか、
第3回「バカになろう」
もう十分バカだ、なんて謙遜している場合ではありませんよ♪

※精神から自由、とか言っていますが、あやしげなことをするわけではなんでもありません。むしろ、物心つく前の子供が簡単にできていることをやるだけです。




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