2015/11/28

息が続かないのと、声が続かないのは全く別の話です。長く伸ばせない方へ。

ボイストレーナーのはまうずです。

声が長く続かずに困っている方も多いと思います。
そして多くの方が、原因は
肺活量が足りないとか、
息漏れしている。
と、誤解されています。

息を喉でコントロールしてしまうと(つまりケチると)、
息は続きますが、声を出した途端あっという間に声が終わってしまいます。
(終わらなければなおまずく、声帯は悲鳴をあげてしまいます)
ですから、脱力しないといけないのです。

たくさん吸っても、吐いた時に胸を落とすと、
息が一気に出て、声帯が開いてしまい、声になりません。
ですから胸式呼吸がNGなのです。

答えは、ほとんど言われていないことですが、

0,1秒で、ほとんど音もなくなくなってしまうような呼吸です。
ところがこの呼吸が声帯と密着、手をとりあうと、
30秒くらいは平気で、しかも詰めずに無理せず、伸びるようになるのです。

もちろん、息の量もほとんど必要ありません。
正解的な歌手は、どんなに長いフレーズでも、
少ししか息を吸いません。

要は吸い方と、出し方だけ。
脱力と、胸を正しく持ち上げて、落とさない方法だけ手に入れれば、
あとは自動的にできるようになります。
(これができないと、腹式呼吸は無駄になってしまいます)
そして、共鳴や高音、ミックスボイスも自動的にできるようになります。

ですから、一生懸命鳴らそうとしてはいけないのです。
なぜなら「鳴る」ものですから。
一生懸命ミックスしてはいけないのです。
「まざる」ものなのですから。

さあ、こんなワクワクするための呼吸、いっしょにつくりましょう!



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2015/11/27

大声どころか絶叫も囁くような美しい声も基本は同じです

ボイストレーナーの浜渦です。

最近は、声優さんでも、がなり声や絶叫が苦手な方が多いようです。
高い声はでるのですが…

綺麗な声だとバテないのか?
と言われればそうではありません。
綺麗な声でもすぐにばてたり喉が痛くなる人もたくさんいます。
逆に基礎ができていれば、
絶叫しても痛めません。
(それでも推奨はしませんが)

透明感のある声を出すときも、
絶叫したりがなりたてるときも、
基本は同じなのです。

余計な力が入れば、綺麗な声でもすぐに痛めます。
入っていなければ、絶叫しても壊れません。

余計な力をいれずに声を出すには、
胸の圧力が必要です。

そして、胸の圧力を保ったまま息を吐くテクニックこそが、
腹式呼吸なのです。

この流れを理解していないと、
腹式呼吸ができても意味がありません。

私はこの脱力と入力を覚えてから、
叫んでも、平気になりました。

余計な力とはなんでしょう?
それは関節を固めるような力です。
必要な力とはなんでしょう。
圧力を作るフォームを保つ背筋や足腰の強さです。

余計な力を抜き、必要な力を入れる。
あとは呼吸と声帯の信頼関係を築いていくだけです^ ^
いや、この信頼関係を結ぶために、
不必要な力を抜き、必要な力を入れるのです。

以上のことをふまえれば、古来言われている、
力を抜け!
胸をはれ!
お腹から声を!
この三つは正しく、そしてそれぞれが難しく、
三つとも成立したまま声を出すのはもっと難しいのです。

でもやろう!
せっかく生まれたこの身体を生かすために。
感動を自分で生み出すために!!



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2015/11/27

排除しない。分かち合うのが音楽。

ボイストレーナーの浜渦です。

自分と違うものを排除しない。
垣根を作らない。

音楽をやっているなら、だれでもそうだと信じたい。

でなければ、ただ音楽が好きなだけか、
音楽に利用されているだけじゃないか・・・

本気で表現ができなくなったら老人だ。
そして決まってその老人は言う。

「それは理想だ」
「子供じみている」
「音楽なんかやっているからわからないんだ」

それは真実は一つと思い込み、体を使わず、凝り固まった頭をを信じて、
自分で感動を生み出せない老人の言うことだ。
全人間的に生きないと、どうしたってそっちへ向かう。

老人といっても年齢は関係ない。
90でも100でも若い人もいれば、
年齢的には若くても、どうしようもない老人もいる。

私も、その間で揺れ動く。

表現というのはものがわかる、ということではない。
わからないことがわかる、ということだ。
表現というのは絶対感なのだから。
その前には正義や悪という比較はない。
正義は悪の前には悪でしかない。
知識はその前提の上で大いに役に立つ。

絶対的に全人間的に生きなければ、どうしたって、
他人と比較してしか生きられなくなる。
そこで正義や悪、はたまた出自や職業が問題になり、
個性を出すはずのファッションも誰かと比較しての個性となる。

さあ、覚悟を決めよう。
「誰かに比べて自分らしく」でなく「人間らしく」
「誰かより」でなく「唯一の」
「論破」より「納得を」
「頭」より「カラダを」

それを禁欲で誤魔化さない。
ルールやマナーは大切だけれど、それを守ることで誤魔化さない。
人の思想を正すことで誤魔化さない。。。


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2015/11/21

気持ちに身体を合わせていくのが歌...これを間違うとボイトレは逆効果。

ボイストレーナーのはまうずです。

気持ちに身体を合わせていくのが歌です。
いや、表現全てはそうでしょう。

「ええ声だしたろ」

なんて先に思ったらそこでおしまい。
そこには気持ちはなかなかのりません。
ボイトレ逆効果の瞬間です。

気持ちに声を合わせていくときに、はじめてボイトレが役に立ちます。
気持ちを何倍にも膨らませ、お客さんに届けてくれるのです。

気持ちを出す為には、余計な力を抜くこと、
それを膨らませてお客さんの元まで届けるには、
身体のフォームと強い呼吸が必要です。
どちらか一つなら簡単ですが、同時に成立させなければなりません。

必要な力を入れための、
「からだのしなやかさと強さ」
余計な力を抜くための、
「ココロの強さとしなやかさ」
この2つが必要なのです。

私のボイトレ、歌唱レッスンは、これらをお渡ししています。
この2つができれば、歌い方なんて自由です。
そんな無粋な事は教えません。
教える必要がなくなるのですから。


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2015/11/20

高い声を楽に出したければ「生きる為の0点」を取る勇気を持とう!!

ボイストレーナーのはまうずです。

余計な力が入って声が苦しい。
余計な力が入って高い声が出ない。

ではそんな余計な力は入れなければ良いのに、
何故入れてしまうのでしょう?

声が苦しいから余計な力を入れる。
余計な力をいれないと高い声が出ない。


この矛盾にみなさん、苦しむのです。
しかし、本当でしょうか?

万一余計な力を抜いたらどんな声が出るのか、
本当に試した事が有るでしょうか?
出ないと決めつけて余計な力を入れてませんか?


極端な話をすると、
余計な力を抜けば、「0点」か「100点」しかない。
しかし、
余計な力を入れると「30点〜50点位は取れる」

人間は過去の経験から、「0点」は死に値するくらい認識で、
危険を回避する為に、この賭けに出ない。
そして余計な力を入れる事で、
「0点」を回避する。
しかし「100点」も一生取れない。
(現時点での100パーセントの力を出し切るという意味の100点です)

しかし、勘違いしないで欲しいのは、この「0点」は、
修正可能な、例えばその瞬間0点だったけど、100点まで持っていける0点であり、
もしくは、将来100点になれる0点なのです。
余計な力を抜いた事で初めて本当に、
自分が何が足りていて、何が足りないかが分かるのです。

余計な力を抜いて高音に臨む。
それは未だやった事の無い事への挑戦です。
誰にも出来ます!!
しかし怖い。とても怖い。
ある程度年をとると、
自分から未経験な物が飛び出すのはとても怖いのです。
だから勇気をもってください。
そして一度でも「0点」を取ってください。

死にはしません。生きる為の「0点」です。
もし0点をとっても、
「圧力が足りなかったのか、じゃあ圧力の生まれるフォームを作ろう」
圧力はできたけど、声を出すと、力が抜ける。
「そうか圧力を保ったまま出す為に腹式呼吸が有るのか」
だんだんと辿り着いていきます。

当たり前ですが、腹式呼吸やったからといって高い声は出ません。
良い声も大きな声も出ません。
しかし、高い声や大きな声を出す為にはあればとても便利なのです。

さあ、あなたも余計な力を抜いたまま、未知なる声に挑んでみませんか。
勇気を!!!!

※追記
高い音が全てじゃないのは承知してます。
しかし、そこに自分の限界に挑戦するのは生きる価値を見いだすのに十分な物です。
自然の限界に挑まずして、本当歌唱力も、演技力も身に付きません。
余計な力が入った高い声も、余計な力は入っていないけど、必要な力も足りない高音も無意味です。
(共鳴でなんとかしようなんて考えるとここに落ち込みます)
さあ、勇気を!!


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2015/11/18

「いい声」よりも「表現として優れた声」を

ボイストレーナーのはまうずです。

いい声ってなんでしょう?
立派な声?
ガラガラ声だと悪い声なのか?
雑味がないキレイな声は良い声なのか?

しかし、
しゃがれた声でも「もう一度聞きたいと思う声」もありませんか?
よく聞けばいろんなことがイマイチなのに、もう一度聞きたい…そんな声もありますよね。

結局は共有できているかにつきるのではないでしょうか?
共有とは精神的なものではなく、
ちゃんと「肺とお客さんのいる空間が繋がっているか」ということ。
つまり呼吸が共有できているか?

生きた呼吸が、途中で止まらず、お客さんのいる空間に届いているか。
つまりお客さんと共有できる呼吸。このときに出る声は、
風邪っぴきだろうが、ハスキーだろうが、絶叫だろうが、雑味のない「いわゆる良い声」だろうが、すべて、
表現として優れている声なのです。

逆に、喉を締めて、お客さんと繋がらない呼吸なら、どんなに本人が楽だろうと、共鳴のある迫力のある声だろうと、ハスキーだろうと、表現として難のある伝わりにくい声なのです。

クラシックの方は、立派とか共鳴という意味の良い声を求めるあまり、表現として難のある声になってしまっている方がよくいらっしゃいます。
また、ハスキーな声に憧れる方もいらっしゃいますが、ハスキーだから良いとか悪いではなく、
やはり、呼吸が共有できているかどうか?
もっといえば、どんなに高い声が楽に出ても、共有できていなければ…

脱力とは、発声のためではなく、
共有のために必要と考えてください。
この脱力は、体の柔らかさよりもむしろ、
関節の脱力です。
ですから、歌うときに動いて良いのは基本的に「関節」となります。

今日もおよみくださり、ありがとうございました♪


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2015/11/15

「歌うこと」とは何か?それは共有し、膨らませ、与え、そこに…

歌うこととは。
えらそうなタイトルでごめんなさいですが、
私の考える歌うこととは。

共有し、
膨らませ、
与えること。


なんだか自己啓発セミナーみたいな言葉で嫌ですが、
これは呼吸の話です。
呼吸=気持ちです。

こうしてはじめて、
「無意識」であるはずの「反応」を意識的に生み出すことが可能となり、
そこから生まれた呼吸にのせた声は
「思わず出た声」となり、
そこに音楽をのせたものが「歌」であると。

反応を生み出すところまでは、どの表現も同じ。
だから本当にできるひとは演技も絵も歌もなんでもできてしまう。

逆に演技が下手なのに歌は上手いなんてことはないのだと思ってください。

共有するとは、空気を物理的に共有するのです。
あなたの肺と世の中がつながっているか?
一番狭くなりそうなのは喉。
ここを広げなければ共有できない。できなければ表現は、気持ちは伝わらない。
だから脱力は必要なのです。

何を共有するか?それは
膨らんだ気持ち。つまり呼吸圧を作る胸。
だから背筋も腹筋も要る。入力は必要なのです。

与えるとは、
上の二つをそのまま出すこと。
そのためには腹式呼吸をせざるを得なくなります
だから腹式呼吸をするんです。
やれば良い声がでるからではないのです。
ここではON,OFF脱入力が必要です。

並べると、
力が抜けた「喉」
気持ちいっぱいに膨らんだ「胸」
その2つをそのままに表現するための「お腹」

このいろんなことを同時にできないといけないのです。




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2015/11/14

相手が救われない「正義」は信用しない

救いの手を差し伸べる悪人もたくさんいることを忘れたくない。

善人で、正義感もあるが、救いの手を出さないひともいる。
救いの手とはお金や物質的なものではない。
相手の思いが救われるかだ。

私は前者と付き合いたい。
そしてその救いの手を差し伸べてくれた悪人に、今度は救いの手を差し伸べたい。

だから私は、相手が救われない「正義」は信用しない。たとえそれが、私と「同じ正義」だとしても。

正義を盾にするとき、一番必要なのは、
相手が救われるか。
また逃げ道を断たないこと。
そういう相手とは、
違う主義・主張であれ、
信じるものがまったくちがっても、
ずっと友でいられると思う。

きれいごとと思われるかもしれないけれど、芸術の絶対感は、それを可能にしてくれると信じている。
価値観や主義主張を超えて…

だから音楽は自分のためにやるだけでも、相手を喜ばすためにやるだけでもダメなんです。


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2015/11/11

方法論では上手くならない。「表現のスイッチ」を探そう!

ボイストレーナーの浜渦です。

上手くないから、高い声がでないから、音痴だから…
こういう理由で「歌は苦手だ」「コンプレックスがある」
そう思っている人はたくさんいます。
でも心の底から歌が嫌い、という人はほとんどいないはずです。

もしあなたが本当に上手くなりたいと思っているなら、何を手にいれればよいのか?
発声練習や呼吸練習、また、ただ漫然と歌うだけでは、残念ながら、上手くはなりません。

「歌えば歌うほどに楽しくなる身体を作ること」
つまり「表現のスイッチ」をいれること!

これが上手くなる最高の処方箋です。
声の良し悪し、上手い下手は関係ありません。
余分な力は抜けているのに、汗をかき、全身がつながり、シンドイのにランナーズハイのようにどんどん高揚してくる。コンプレックスなど吹き飛んでしまう。
「歌のやる気スイッチ」
これさえオンにできれば、どんどん上手くなることを信じて欲しいのです。いや、これが唯一の方法かもしれません。
「こう歌えば良い」なんて、おせっかいなレッスンも必要なくなり、少し方向性だけ修正すれば良くなります。
発声のための発声練習から抜け出し、
呼吸は表現のための呼吸とうまれかわります。

…当然ですが、そういう状態にもっていくことこそがとても大変です。
普段のストレスのたまるような、また個性を発揮するのが難しい生活習慣(国民性?)では、なかなか難しい。

私の最大の仕事は、そんなみなさんの
「表現のスイッチを入れること」

そんな身体になれば、呼吸と発声がいかにシンプルかがわかっていただけます。
あとは歌えば「自分の力で」上手くなる。

私が研究を重ね、一般に行われているレッスンとは全く違う、全身を使い切りトレーニング方法にたどり着いたのは、以上の理由があります。
何より私が、若い頃、まったく高い声が出ず、喘息もあったり、歌うことが苦手で仕方なかったからです。
それは発声練習や呼吸練習だけでは克服できない。
方法論だけで歌がうまくなるようなひとは、まずいないのです。


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2015/11/09

練習はウソをつく!?「歌が好きで仕方ない人」と同じ練習をしてもダメ。

よく「練習はウソをつかない」といいます。

これは練習方法が身につけば、その通りです。
しかし、声という楽器は、
メンタルからカラダ全体、全て複雑に絡み合っているので、
その練習方法がわからないまま、無理にやると、
時に練習はウソをついてしまいます。

もちろんやっているうちにわかってくるコトもありますし、
誰かの真似をすることでもある程度上手くなります。

しかし、声帯が長い場合、まず、良い練習ができるところまで行くのが大変。
(ソプラノ歌手が男声を教えるのが難しい理由でもあります)

また「この練習さえやってれば良い」とうものはありません。
なぜなら、同じ練習をやっているつもりでも、
「歌が好きで仕方ない人」と「歌が嫌いな人」とでは、
カラダの反応がまるで違うからです。
ボイトレ、歌唱に一番必要なのは、正しい発声や呼吸はもちろんですが、
「反応するカラダ」だからです。
反応は無意識です。苦手意識のある人は大抵意識的で、まるで違うのです。

この意味は「好きこそ物の上手なれ」そのものです。
「歌が好きでしかたないこと」自体が反応のスイッチになっているわけです。
ココロのスイッチが入れば、カラダのスイッチも入るのです
打てば響く状態の人は、逆に言えば、どんな練習をしてもうまくなってしまいます。

しかし「歌さえあれば」という方へのレッスンはそんなに気を使わなくても良いのですが、
そういうひとは実はあまり多くないのです。
(そういう人は発声にあまり悩まない。または自分でやっていける)

レッスンに来られる方は、コンプレックスのある人や、声帯が大きく声を出しにくい人、
苦手意識のある方、嫌だけど歌わなくちゃいけない方、、、
そういう人の方が多いのです。

誤解を恐れずに言いますと、私は歌がそんなに好きなわけではありません(言っちゃった!)。
ですが、コンプレックスだけはあった。
このままでは嫌だ。好き嫌いではなく、なんとかしたかった。
そういう先生が欲しい、、、これが私のトレーナーであり続ける原動力です。
私がたどり着いたのは、
「歌いたくなるようなカラダにすること」で、
「歌わずにはおれないココロのスイッチを入れること」

もちろんその時の自分が大好きで、その時の自分の歌も大好きなのです。
「カラダのスイッチが入ることでココロのスイッチも入る」のです

好きな人より実はずっと大変です。
しかし、歌が好きなカラダになった時、最初から好きだった人より、
ずっと良い歌を歌えると信じています。
逆に、最初から好きで仕方ない人は、ただ歌うだけでなく、
真面目な練習をかかさないことです。

私のレッスンは、ココロが自由になって、思わず歌いたくなり、
歌が好きになるためのもので、発声のための発声はもう、しないんです(笑)


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2015/11/05

声帯が長いと苦労する?厚さや身体の大きさは?

ボイストレーナーの浜渦です。

声帯の長さ、太さは、よく議論に上がるところです。
短いと、一般的に振動数が上がり声は高くなります。

ということは、短いと高音が鳴りやすいわけです。

では私の声帯はどうかと言いますと、
声帯はとても長いです。

ただ、日本人に割と多いのが、
●身体付きは高音楽器向け
…つまりは日本人として普通か小さい
●声帯は低音楽器向け
…つまり長い

まさに私なのですが、声帯でどんなに低音を鳴らせても、身体があまり響いてくれません。
でも長さは生まれつきで変えられない。
身体もいまから2mになれと言われてもできない(笑)
となると、残る方法はごく限られます。

声帯が長い人が高音を鳴らすのはとても大変な理由がここにあります。

コントラバス(ウッドベース)とヴァイオリンを比べてみると分かり易いと思います。
楽器の大きさ、弦の長さ、太さとも違います。

そこでできるのは、弦の太さを変えること。細くなると高音がでます。
つまり、声帯を薄く伸ばして使うことです。
そして、その絶妙なバランスでピンと緊張した声帯を、これまたそれを崩さない絶妙な強さとバランスの呼吸で鳴らさないといけないわけです。

これは大変なことです。
ですから、この「身体は普通なのに、声帯の長い人」を教えるには細心の注意を払います。
逆に声帯が小さく、苦労しなかった人が、声帯が長いひとを教えるのは大変難しいことだと思います。

しかし、苦労は報われます!
大変扱いが難しい分、コントロールできるようになったとき、
その分、緊張感と柔らかさに満ちた、輝かしい高音がでるようになります!

その時を信じて頑張ってください!

逆に声帯の小さいひとは、発声そのものにはあまり苦労しない分、
その緊張感や輝かしさの面で苦労することも多いので、
やはり、どちらが良いとは言えないと思います。

自分の特性を知り、身体を生かすことは変わらないのです。






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2015/11/04

東京レッスン再開!

ボイストレーナーの浜渦です。

関西でのレッスン、そして、昨日の公演を終え、
・・・「その日のうちに帰る」と言いながら、大阪に1泊だけ潜伏ლ(๏‿๏ ◝ლ
羽田からレッスンへ直行しました。

潜伏中、ちょっとリラックスさせていただきました^^
京橋で「ぎょうざの満州」を発見。
まんしゅう
いつの間にか関西進出していたんですね!
関西で満州をいただける日が来ようとは。。。

そして関西の名門リーガロイヤルホテルへ。
(「往復航空券(羽田〜伊丹)+1泊で」2万1千円台でした^ ^)
朝食が美味しいので有名なホテルですが、朝食券でルームサービスも頼めるので、そちらに。
ルームサービス
ローファットブレックファスト。私にとっては豪華すぎ!

伊丹空港から飛行機に。。。
伊丹

懐かしの昆陽池公園をながめながら、、、
昆陽池

琵琶湖上空も飛びつつ、、、
琵琶湖

伊豆半島の向こうには富士山。
富士山

大変贅沢な時間を過ごしました。
おかげで、また東京レッスン、はりきっていきますよ!


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2015/11/03

12年ぶりの…いずみホール

ボイストレーナーの浜渦です。

私はいまはボイストレーナーを名乗っておりますが、いろいろなことをやってきました。

そしてその元は…クラシック(声楽)です。
ですから、クラシック界に対しては少々辛辣なことも言ってしまいます…

…12年前、私は大阪では有名な「いずみホール」というクラシック専門のホールの舞台に立っていました。
シューベルトの歌曲集「冬の旅」の全曲公演リサイタルの舞台でした。

当時の私は自分の力不足を、ある尊敬するピアニストに補ってもらい、
マネジメントも仲間に大きく助けてもらっていました。

しかし、このときはあるオーディションに合格し、その披露公演としての舞台で、上記の仲間から少し離れてやりました。
そこで力不足が露呈してしまったのです。詳しくは書きませんが…

その後、的確な方法論を教えない声楽界に疑問を持っていた私は、全てのジャンルの声に精通し、どんなメンタルの生徒さんにも対応できるトレーナーを目指す決意をし、一旦クラシックからも離れ、また、舞台に立ちながらでは、本気で研究・指導できないと思い、現役を離れたのです。

そして今日、12年ぶりに、いずみホールの舞台に立ちました。
…私のルーツ、ローゼンビートの合唱団員として♪
かつて私が指導させていただいていたローゼンビートの合唱団の、その一員として。
(いまでもボイトレは、関西出張の際に担当させていただいています)

楽しい仲間に囲まれて、苦い思い出のこのホールが、少し楽しい思い出の場所となりました。

私はどのジャンルの歌も好きです。
ポップスもクラシックも指導させていただいています。
でもいつかはやはりクラシック、声楽の舞台に戻れればいいなと思っています。
そのときは、皆様、よろしくお願いいたします!


今日の舞台のバリトン&バスのメンバー。真ん中のメガネが私。幅広い年齢層の男声合唱団「ローゼンビート・メンネル・コア」です。今日はメンネル・コアはじめ、ローゼンビートのコーラスグループが総出演でした。
ローゼンビート(兵庫・尼崎)は私の父母が創設した団体。関西レッスンはこちらでやっています。
いまもピアニストの母や、先ほどあげたグループの代表でもある、尊敬するピアニストの先生がグループを引っ張っておられます。彼女が関西でのレッスンでのピアニストを担当してくださいます。
仲間もたくさんいます。

さて、はずかしながら下の写真を。これが12年前の私(笑)

嫁さんにも爆笑されてしまいます(^^;
これじゃクラシックが勘違いされてしまいますよね(^^;;


そしてその帰り道。大阪城公園駅付近。


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2015/11/02

目力と脱力

強い地声は目力が助ける。
ファルセットは脱力が助ける。

両方同時に使えれば、鬼に金棒。

目力は見開けば良いものではありません。
そこに付随する視界や、それを支え繋がる筋肉があってこそ、目力はつきます。

脱力も、ただの柔軟性ではなく、体のパーツをバラバラに動かせる脱力です。

ではまた明日…


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2015/11/01

呼吸や発声の前に「反応」せよ!

ボイストレーナーの浜渦です。

歌は、驚きや悲しみ、喜びや憂いなど、
あらゆるものの「反応」の表現です。

熱いヤカンに手を触れると、
反射的に手を離し、いつもでないような通った声が出ることがあります。

瞬間的に驚いたときも、驚く顔をする間もないこともあります。

普通、そういう反応は「無意識」です。
しかし、このとき初めて、喉から余計な力が抜けます。
というより、余計な力が入る前に息を吐き、また声を出せるわけです。

この、通常なら無意識に出る「反応」を
あたかも無意識のように意識的に出せるか。

これが、演技力、歌唱力他、あらゆる表現の鍵となります。

さらに、
その反応として、正しい呼吸法と、発声法ができるか。

一生懸命意識して、正しい呼吸と発声ができても、それでは余計な力がワンセットでついてきますので、
効果は半減するばかりか、第一、不自然なのです。

無意識のコントロール。
これができなければ、
どんな素晴らしいメソッドも役には立たないのです。
むしろ、無意識のコントロールをできるような練習やレッスンこそ、大切です。
そうすれば、発声法や呼吸法、
ミックスボイスなどの音色も、
ある程度は自動的にできるようになりますよ^ ^


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