2016/04/27

生徒さんからレッスンの感想をいただきました

ボイストレーナーの浜渦です。
生徒さんから嬉しいレッスンの感想をいただきましたので掲載させていただきますね。


私はカフェやライブハウスで歌う活動をしています。
しかし喉が弱く、声帯結節になることがありました。
医師から「喉の筋肉を鍛えたほうが良い」と言われ、何人か先生のトレーニングを受けました。
そして、ある程度声が出るようになり、歌いやすくなっていましたが、
自分の歌が平凡でつまらなく感じ、とても悩んでいました。

必死でワークショップに参加したり、ネットや本を読んだり。
そんな中、Twitterで浜渦先生を知りました。
言葉を拝読し、もしかしたら変わることができるかもしれない!と思い、
緊張しつつ、体験レッスンをお願いしました!

そして一年を経て、今はとても歌うことが楽しいです。
とにかく歌うことが楽しい。本当に大きく変わりました。

レッスンを通して、今の自分に必要なことを丁寧に多角的に教えていただいています。
いつの間にか喉や体が自由になってきて、気持ちも自然に乗るようになってきました。
気づけば、こんなことができるようになっていた、こんなことに気づいた!の連続です。

もしかしたらあのまま、つまらなくなって歌を辞めていたかと思うと、、💧
先生がTwitterをやっていてくれていて、本当に良かったです。笑

先生を選ぶことは本当に大切なのだと、実感しています。
その選択も自分の歌の一部であり、人生の大切な時間でもあります。
これからも先生にお世話になりながら、歌の道をゆっくり歩いていきたいと思います。
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本当にありがたいですね。
(ちなみにTwitterアカウントは @h_hamauzu です)
私がレッスンで肝に銘じていること。
それは、
「ただ上手く聞こえる歌い方は渡さない」
「あくまで表現のための呼吸と発声を」
ということです。

響きひとつとっても、
共鳴共鳴とお題目のように響かすのではなく、響く体を作ること。
共鳴とは「結果」共鳴するのです。
それが自分とひとの心にも響いていくはずです。
ただ高い声を出すための共鳴では人の心には響きません。
昨今のボイトレ業界は、テクニックのためのテクニックに偏ってしまっているように思います。
それが「うまいのに人の心に響かない」という本末転倒な結果を生み出しかねない。

あくまで本質的に。
とことんわかりやすく。
そして、声を出す前に、音楽を。
音楽の前に表現を。
表現することが生きている証であることを忘れずに。
そうすれば上手く聞こえるような歌い方を教えなくても、
生徒さんは勝手に自由に上手くなっていくのです。
私はそれだけは知っているつもりです。


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2016/04/18

本当に自由に、上手くなりたければ「そんな柄じゃない」の「柄」を脱ぐ事から始めよう

ボイストレーナーのはまうずです。
関西出張レッスンに来ております。

さて、こんな事を口にしたり、思った事は有りませんか?

「私はそんなガラ(柄)じゃない」

このガラこそが、自由な表現、ひいては自由な発声を邪魔してしまいます。

ではどんなガラなのか?

我々は、知らず知らずのうちに、たくさんガラを着てしまいます。
物心つく前は、そんなガラなんて無かったはず。
おとなしい子、愉快な子、それは個性。

大きくなるにつれ、恥をかいたり、あれは駄目、これは駄目、
これは常識・非常識。。。と学んでいく事で、
家柄、地域の柄、日本人の柄、自分の柄をと、重ね着していき、
どんどん重たくなってしまい、動けなくなってしまいます。

そんなガンジガラメのまま、正しい発声や、呼吸法、
演技を学んでも、大きな成長は望めない。。。
なぜなら、最初から、これ以上はやらない、やれないという枠を作ってしまっているからです。

新しい発声や、表現は、これまでの経験のを生かしますが、
大概、答えは「いままでやった事の無い未経験な物」の中に有ります。

本当は能力としては出来るのに「柄じゃないからできない」

そんなものが大いに邪魔するのです。
「いきなりギャグを言う」
「犬のように吠える」
「踊りだしてみる」
これがどこででも出来ろ、とは言いませんが、
出来ないのは、柄に支配されているからかもしれません。
上手く有る必要なんか無い、どうやったら吠えられるかなんか、考えて時点でもう出来ない。
子どもだったら平気で出来た事が出来なくなる。

本当にあなたが上手くなりたかったら、その「柄という重たいコートを脱ぐ事」
ここから始めてみてください。

柄をはずして思いっきり遊ぶ。
勉強はそれからです。

自分の柄の中で何かを考えていても、なかなか答えは出てこないのです。
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2016/04/14

横隔膜について…呼吸法に溺れないで

こんにちは。ボイストレーナーの浜渦です。久々の更新となりました。
現在関西レッスンのため、東京より移動中です。

さて、横隔膜について。
腹式呼吸というのは、つまり横隔膜呼吸のことです。
横隔膜を上下させて息を吸い、吐きます。

しかし、この横隔膜呼吸も、アーティスト、先生によって解釈や方法が違います。
声を出している時は、

横隔膜は上げてはいけない。
いや、押し上げて呼吸圧を作る。
いや、一切動かさない。
いや、下に下げて固定。

いろんな先生や、方法論に目移りすると、迷いに迷ってしまう結果に。

でもうまく行けばどれも、全部が正解なのです。
人を感動させる歌が歌えれば胸式呼吸だって良いわけですから、
だからもっと迷う。

私は、呼吸法は、あくまで、
「想いを伝え、ひとを、自分を感動させるためにある」
と思っています。
ですから呼吸法に溺れず、
発声マニアに終わらず、
自分はなにを表現したかったのかを思い返し、
そのためにはどんな呼吸が必要なのか、
そこを考えないと、
本末転倒になってしまいかねません。

歌い手である前に音楽をやっている。音楽家である前に表現者。
表現者である前に人間。
人間である前に、動物でもあります。

その根源的な表現を見つめてみれば、
きっとあなたの歌は変わると思います。

役者だって、ナレーションだって、きっと同じはず…。


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2016/04/03

「自分という物語」に歌や台本を落とし込む

ボイストレーナーの浜渦です。

最近思うこと。
自分という物語の中に歌詞や台本を入れるということ。

歌詞や台本という物語に乗っかるだけでは足りないじゃないかな…と。

もちろん、ボイトレの時もいっしょ。
ただ、声を出して、技術を鍛えるだけではなく、
「自分という表現のキャンバス」を思い切りひろげる。
そこに生まれる自分という物語。
そこにいろんな声や音色を載せる。

そうでなければ、ボイトレのためのボイトレ、技術のための技術磨きに堕してしまわないか…

いや、どんな仕事の時も遊びの時もそうなんじゃないかなと。

そうでなければ、心から遊べる大人になれないんじゃないかな…難しいけれど…

そんなこともレッスンで伝えられたら…

そして、そんなことを考えながらも、東横線の電車の車窓から桜を見て満足する…


でも何か物足りない…
そこへ生徒さんからの差し入れが。
これでも身も心も満足です(●´艸`)

「だんごの輪島」謹製。輪島功一さんのお店ですね♪


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