2015/03/06

「目的」「手段」を取り違えると「決してうまくならない」

みなさまこんにちは。ボイストレーナーの浜渦弘志です。

「目的」と「手段」

何においてもこれを取り違えると、良い結果は待っていませんよね。
私たちはなぜ歌や朗読などで声を出し、発音をするのでしょうか?
それはもちろん、自分の気持ち、想い、生き様などを表現するためでしょう。
それでは気持ちや想いは何に表れるか?
仕草や表情に・・・もちろんそうですが、それらは呼吸とシンクロしています。

つまり大げさではなく、呼吸=気持ちなのです。
つまり呼吸は表現そのものなのです。
だから呼吸が大切なのであって、決していい声を出すためではありません。
(そういう呼吸は結果として良い声を「副産物」として導きます)

その想いの溢れた呼吸を「声」や「歌」に表すのです。まさに「手段」なのです。
(声の他にも、楽器、書や絵画にあらわす人もいるでしょう)

しかし、そう簡単には呼吸に声は乗ってくれません。
まずどんな呼吸が良いのかわかりません。
そして何が良い呼吸かがわからない。
レッスンを受けても「息を流せ」とか「力を抜け」くらいしか言われない。
やり方はそのものは教えてくれない・・・

そうすると腹式呼吸が良い「らしい・・・」
鼻腔共鳴が良い「らしい・・・」
と、一般的に言われていることを、それが「なぜ」かは深く考えないまま、先生がそういうからと、
一生懸命いい声を出そうとする。高い声を、正しい発音をしようとしていく・・・

断言します。これじゃあ、絶対うまくならない。
高い音が出ても、その高音が音色や発音を破壊し、
正しい発音ができてもそれが声を硬くする、
正しい音程をだせても、それが。。。と、お互いが責め合ってしまいます


なぜか?いつしか手段であったはずの声や発音が、
「目的」にすり替わっているからです。いつの間にか
「想いを上回っている」のです。
これでは何のために歌っているかわかりません。

何年やってもダメな人は大抵このパターンです。真面目な人にとても多い。

良い声、正しい発音にとらわれることが、自然な声、美しい発音から離れていく。。。
それが論理的、物理的にはどういことかは、レッスンでお話しています。
(ケチっているのではありません。本にかけるほど簡単ではないのです。
でも、説明を聞いていただければ腑に落ちるはずです。)



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