L
o
a
d
i
n
g
.
.
.

「自然に生きている自負」がある人ほど無理している?

徒然なるままに。

友人との会話より。
『・・・僕が一番信頼を得られないと感じる相手は「私は自然に生きている」って自負しているひとですね。声や歌を聞けば、自然に生きているというより、「自然に憧れているんだろうなあ」というのがわかるんですが、そういう方のプライドを守るのが一番難しいです』

自然を意識する、自然でありたい、いや自然でなければならない。
それが、人の悪口は言わない、私には悪いことはできない、反自然的なものへの憎悪。というふうに、極端になり、もがいてしまっている人は多いかなと。
逆にちょっとストレートな意見や本質をついたことを言われるとアレルギーを起こしてしまう。そういう相手をシャットアウトしてしまう。
そして相手を傷つけていることには気づかない。傷ついているのは常に「自分」であって相手ではない。

歌なんかやっていると、自然を不自然に追っているひとが多いなと感じます。
単純なわけですが、すぐに近寄ってきて、すぐに離れていくタイプもこういう方が多いように思います。私は善人でもなんでもない。ただ自分の気持ちをストレートに出せる呼吸、それを声に乗せて膨らませることを論理的に伝えています。
それは結構「生きることそのものを感じざるを得ない、楽しいですが厳しいもの」です。
個性や自然に憧れる前に、人間らしさ、人間としての矛盾に対峙する必要があるんです。
とても寂しく、孤独なもの。
仲間がいようといまいと。

声は呼吸。つまりそれは生きるシステムそのものを反映しています。
練習も大切だけど、一番大切なのは生きるシステムとしての呼吸を体全体で変えることだと思います。
呼吸にその人の気持ちや生き方があらわれます。
その主義主張はどうでもいい。ストレートに表現できるかです。
時に悪口言ったっていいじゃないか。人間だもの。
度が過ぎなきゃいいじゃない。
でも、ちゃんと表現している呼吸で。

そして何か言われても言われなくても、相手をブロックしたり、シャットアウトしないこと。
自分にとっての心地よい「自然」だけ追わないこと。
私はボイストレーナーという職業を通じて、
自然とは何かとか、単なる心地よさを伝える気はありません。
想いを伝える方法を私の研究した範囲でお伝えしています。
その行為自体は或いは自然なことかもしれないし、そうでないかもしれない。

ストレートに自分出し合える世の中。
それに耳を傾け合える世の中。
そんなのがいいなあと思います。

どんなに正しい意見も、うつくしさの前にはどうしたってかなわない。
私はそう思っています。

トレーナーとしては失格の意見かもしれないけれど。
徒然なるままに書かせていただきました。 にほんブログ村 音楽ブログ ヴォーカルへ

↑ブログランキングに参加しています

Comment

Leave a Reply





管理者にだけ表示を許可する

Trackback