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電車で座席をゆずることから考える。自己責任論をやめて遠因を遡ること、それはボイトレそのもであること

このブログには、かつては自分の思うことや高速バス旅行記なんかを載せてきましたが、
これからは少しずずまた書きたいと思います。
(あ、高速バスの話はバスブログで^^;)

以下は、先日facebookに載せた文章をもとに・・・




電車で杖をついてよろけている人が乗ってきた。
面白いことに向かいの7人掛けの席の人間は気付きながら誰も席をゆずらないのに、
そのひとが背を向けている反対の7人掛けの人たちは一斉に席を譲ろうと立ち上がった。

この差はなんだろう?席を譲らない人間に単純に腹を立てることは簡単だ。
人間誰だって孤独だしさみしい。
時には妬むかもしれないし、僻むかもしれない。
少なくとも私はすぐ僻むし妬む(^^;;
…でもそれを真正面からそれを認められるひとは或いは席を譲るだろうし、
認められない人は譲らないのかもしれない。
(もちろん、若くても体調が悪い人がいるだろうことは考慮図べきです)
譲っても固辞されるかもしれないし、プライドが傷つくひともいるだろう。
それとて、
「せっかく譲ってやったのに」
と腹を立てるのは簡単だけど…
以下同文かな…。




結局想像力だと思うのです。
どこで想像力が止まるか。

何かこどもの事件が起こった時、
「親が悪い」
確かにそうかもしれません。
でもなぜそういう親がいるのか?
ここはあまり考えない。

ただ行為を罵倒するのは簡単です。

しかし、私たちは大人である以上、
社会のどんな縁遠いような事件でも、(とりわけ子供の犯罪においては)
少しは責任を感じたいと思うのです。
それは加害者意識を持て、なんてくだらないものではない。

子供が友達を怪我させた
→親の教育が悪い!
→親は母親の片親で、父親は借金つくって消えてしまった
→なら父親がわるい
→その借金は騙されて背負わされた
→じゃあ、その騙したやつが悪い
→なぜだますようになったかというと、
昔会社でいじめられて、誰も信用できなくなった
→ならいじめたやつが悪い
そのいじめたのは・・・
___なんてどこまでも追う必要はないけれど、
そのうち「自分」もどこかで出てきますよ。
いじめた同僚は子供のことで悩み、
その子供のクラスメートに自分の子供がいるかもしれない。
それを関係ない、というのは容易い。
しかし、最初の、末端だけ切って清々するのは、
「自己責任論のはじまり」
だとおもうのです。

これはボイストレーニングに通じています。
声がでないのは「喉が弱いから」
高い声が出ないのは「そういう声帯だから」
「もともと低い声だから」
・・・これで終わっちゃう人が多いんです。
その原因を遠因を、どこまでさかのぼれるか。
それは自分の身体をさかのぼっていくこと。
辛い道のりかもしれませんが、その研究は私がやっていますから、
お渡しできますし、自分自身でやってもかならずプラスになります。
【レッスン受講・体験レッスンのお問い合わせお申し込み】 >>>ボイストレーニングS.V.L.ウェブサイト または、メールinfo☆song-voice-life.com (☆を@に変えてください)にてお待ちしております。 ※プロ・アマチュア、ジャンル、経験は一切問いません。 声のことが良くわからない、人前で声を出すのが怖い、すぐ喉が痛くなる、声が枯れる、自分の表現に限界を感じる、とにかく自由に表現したい…あらゆる声の「何を」「なぜ」「どのように」におこたえします。 ボイストレーニング SONG-VOICE-LIFE(東高円寺・センター南 他)
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