2016/02/14

誰かと比較しての「上手い」はもう捨ててしまおう

ボイストレーナーの浜渦です。

歌が上手くなりたい。
そう思う方は多いと思います。
私もそのひとり。

歌い方は常に自由に


しかし、何か点数に表すことができるようなうまさにあまりこだわらないようにしましょう。

私の生徒さんならご存じかと思いますが、私は、
「こう歌えばうまく聞こえる」的な教え方はしません。
というか、歌い方は常に自由。
その自由さをお渡しするのが私の仕事であり、
「こう歌え、ああ歌え」と指図することはナンセンスだと考えています。

活躍されているプロの方ももちろん、
うまくなりたいと思っていたと思います。
しかし、それは絶対的なものであり、
誰かと比較して点数が上、なんてものではなかったはず。

うまさより絶対的な感動を紡ぎ出す力を


私がお渡ししたいのは、感動を紡ぎ出す体の使い方と、大げさに言えば命の使い方です。
感動は呼吸に宿り、声はそこから生まれます。そんな呼吸もないのに、ちょっとしたテクニックと、誰かを真似たような歌い方では感動は生まれません。
最初のうち「上手いねぇ」とは言われても、そこに、そのひとでなければならない、そのひとにしか生み出せない絶対感がなければ、あきられてしまいます。
プロの中には決して上手いと言えない方もいます。
しかし、それでもプロとしてやっていけるひとは、そこが少し違うのです。

岡本太郎氏のことば


正しい音よりも美しい音
正しい発音より、美しい発音
正しいテンポより美しいリズム

この美しいは「絶対感」であり、決してきれいという意味ではありません。


岡本太郎氏のことば
「芸術は、
うまくあってはならない
きれいであってはならない
ここちよくあってはならない」


別に無理に下手に歌え、ということではありません。
時代と、自分の運命と対決し、もがき、葛藤し、それを超えて身体を開いて爆発させる。
ただ、やさしいとか、耳触りが良い、安心できる音楽や絵は芸術ではないというわけです。
爆発と言っても大きなただ声とか、乱暴とは違うわけです。
もちろん身体の理を無視したらただの破れかぶれになるでしょう。

あなたにしかできない絶対的表現を


もちろん、それこそ岡本太郎氏と「比べては」すでに絶対的ではありませんから、自分なりにアレンジも必要でしょうし、上手いことは私は否定しません。
しかし「上手い」の前に身体の理を知り、使い切る。
その上で上手い、時にキャッチーであることはそれでも良いと思うし、
絶対的であってはじめてうまさも際立つのではないでしょうか?

ですからまずは、
あなたにしかできない表現をみつけてください。
私たちは、私たち自身が楽器です。
楽器の一部を磨いて音を鳴りやすくするのではなく、
楽器全部が輝き、なによりバランスが取れてこそ、感動は紡ぎ出されます。
それはすこしコツがいるし、なにより筋肉を変えていかなければなりませんが、
それが分かると
「どう歌おうなんて、本人の自由」
と、私が言うのもお分かりいただけると思います。

長文お読みくださり、ありがとうございました。




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