2016/12/16

「誤魔化さずに生きること」について

ボイストレーナーの浜渦です。

ちゃんと生きるってなんでしょう?

「ちゃんと生きるために就職」したのか、
それとも、
「就職することで、生きることを誤魔化している」のか?

「生活をするためのお金を得ることがちゃんと生きること」なのか、
「ちゃんと生きることがたまたまお金になる仕事」つまり、
ちゃんと生きてたらお金は後からついてきたから生活できていたり、逆にお金がついてこなかったから衣食住、物質的な豊かさはないけれど…なのか?

どれが正しいとかは言えませんし、
結局、本人が生きたいように生きるしかないのですが、
世の中の「ちゃんと」と、自分の「ちゃんと」が大きくズレている人は少なくないのではないでしょうか?

そもそも、世の中の「ちゃんと」ってのもだれが決めたのか、怪しいものなのですが、
当然それについていけなかったり、
誤魔化せなかったり、自分の「ちゃんと」を偽れなかったひとは、
たとえ仕事ができようが、人間関係をそれなりにこなせようが、

「なぜ!?」

という、壁、そのごく当たり前の壁
にぶち当たってしまうでしょう。

世間的には「ちゃんと」生きてるけど、
「それが何になる?」
「どうせ年取って死ぬんだろ?」
「それを娯楽や趣味で埋め合わせたら誤魔化しの上塗りだろう」
…そんな風に思ってしまうかもしれません。

みなさんも「仕事へ行きたくない」と思うことがあると思います。
私もしょっちゅう思う!(生徒さんごめん)。
ただ、
「仕事へ行きたくない」「やりたくない」と思っているままレッスンをすることはできないのです。
なぜなら、
それじゃ私のメソッドのレッスンは成立しないからです。
レッスンはこなすものでも、正解や正論を伝えるだけの場では絶対ないと信じていますから。
つまり良い息をしないと、
「声を出したい」「素晴らしい呼吸にしてあげたい」とは絶対に思えないのです。

つまり、ちゃんと生きないとその先がないのです。

私が仕事へ行きたくなるということはちゃんと呼吸をして、ちゃんと生きてること。

そこに睡眠時間やお金は関係ないん…だなぁ。
ちゃんと生きていれば、どんな不安もお金がなくて大変でも、無敵な気分になれますが、

逆に、ちゃんと生きてないと途端に、
「あんないい家に住みやがって」
「あんないい車に乗りやがって」
なんてカスみたいなことを本気で思う(笑)

どちらも同じ私なのです。
でもそんなカスにはなりたくない(笑)
だから、私が選んだこの、
「仕事に行きたい」と思わないと成立しない仕事は、

私にとって、
天職であり、
ゴウモンでもあり、
至福であり、地獄。
仕事であり、趣味、
死を眼前に感じることであり、
まさに生きる実感そのもの。


私は経営の才覚はゼロのようですから、いろいろ大変ですが、
いい人生を自分で選べたかなあ?
とは思うのです。

それが、就職であっても、ボイストレーナーであっても、農家であっても、八百屋さんであっても、
…(社会から見たら)破滅であっても、良いはずだと思うのです。

自分の人生を生きていけたら。
これが私と私の生徒さん、できればすべてのひとに願うことです。




↓ブログランキングに参加しています♪よろしければおねがいします♪
にほんブログ村 音楽ブログ ヴォーカルへ
FC2Blog Ranking

コメント

非公開コメント