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「表現(目的)」は「音楽(手段)」より前にある!

‪ボイストレーナーの浜渦です。

「声や音楽の前に表現がある」

音楽をすること自体は表現ではなく、
「表現を伝える手段」として音楽がある。
私はそのように考えています。

書や絵画もそうであろうかと。

となれば、
歌や楽器の前に音楽が、
音楽の前に表現があるはず。

表現がないまま音楽が始まってしまっていないか考えてみましょう。

音楽をすることを表現と考えずに、
表現を音楽で出すという考え方をしてみると面白いのです。‬

じゃあ表現ってなんだ?

それは非常に抽象的で分かりにくいものかも知れません。

創作意欲のようなものでもあり、
生きる力そのもの。
つまりは芸術。

音楽が芸術なのではなく、
生きることそのものという、
だれにだってでき、でも忘れてしまいがちなものが芸術であり、表現だとすれば、

音楽の表面的なテクニックや理論が、
表現を越えてしまうと陳腐になりかねないと。

…うまく書けずに申し訳ありません。
しかし、あまり上手く文章にできると、
それは芸術から離れてしまうかもしれません。

芸術とはしなやかで体力の要るもの。

柔らかくて力が要る、ではなく、
「しなやかさ」と「体力」
しなやかって、説明しにくいでしょう?
力を使うのは簡単だけど、
「いまから体力つかって!」
って言われたら難しい。

でもそういう分かりにくいけど、人間に必要なものを、伝えられるボイストレーナーであれたらと思います。

かつてはただ理論だけで、
いかに高い声が、大きな声が、音域がでるかばかり考え、教えてきました。
それは罪深いことだったと、
いまは反省しきり。

今は、いかに、表現の結果、上手い下手を超えた味のあるもの、
そして、結果伸びやかで広い音域が副次的に身につくレッスンを心がけています。

その方が何倍も難しいし、
本や映像でなく、生のレッスンでないと伝えられないけれど、
でも、何倍も楽しいです♪
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