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オトナなら、自分探しの旅に…出るな!

自分探しの旅にでるな!?


ボイストレーナーの浜渦です。
誰しも一度や二度は自分探しの旅、出てみたくなりますよね。


幼少期の「受動的」感受性


ちいさな子供の頃は、見る物全てが新鮮!
その感受性はすばらしく、まさにスポンジのごとくです。
この感受性を私は受動的感受性と呼んでいます。
同じ本を繰り返し読み、お気に入りの歌を何度も何度も歌うのは、毎回感じ方がどんどん変わるからです。
まさに子供達は芸術作品です。
彼らは芸術をやっているのではなく、芸術作品そのものなのです。


「受動的」感受性は鈍る!


しかし、おとなになるにつれ、ひとの受動的感受性は鈍っていきます。

だから何か特別なモノやひとや場所に感動を与えられるだけでなく、
自分自身で変わる事が必要だと考えます。

いくら自分探しの旅に出ようが、
ものの見方と考え方が変わったわけではないんですよね。
もちろん、その時々では衝撃は受け、影響も受けます。
外国へ行って、見た事もない景色や花、空や森を見て、珍しい物を食べ、さらに外国人女の子と仲良くなろうが、
帰国して一ヶ月もすればその魔法は解けてしまうものです。

ヤクザ映画見た直後に「オゥ!オンシャなんならぁ!!」とか言い出すのと変わらない。
でもいつまでも言っている人はそういない。
というかいない方がいい。。。

大人はどこか、その蓄積された常識という、ありがたくも、つまらない眼で判断します。
映画を見て感動してもそれは映画の中の世界でしかないどこかで割り切っているのです。
でもいつまでも少年のような感受性をわすれない大人の人もいますよね。
どういう人なのでしょう。
そういう才能を持った人もいるでしょうが、極少ないはずです。


「能動的感受性」でモノの見方考え方を変える


しかし、その常識を捨てればどうでしょう。
いままでそう思っていたものの考え方、見方を変える。
それだけで世の中はすべて変わって見えるはずです。
これを私は能動的感受性と呼んでいます。
与えられるのではなく、自分で作るのです。

いまここで、この瞬間変わる事は確かに難しいかもしれません。
新たな体験は確かに必要でしょう。
しかし、それもいつしか思い出の一つとしてしまいこまれていくでしょう。

もしあなたが感動的に生き続けたいなら、
与えられるだ受動的感受性だけではいくら貰っても足りません。
作るのです。それが人間の芸術的な行動。
つまり表現。

感動を与えられるだけでなく創りだす側にも回ってみませんか?


<呼吸を変えれば人生は変わる>
私はみなさんの生き方に関わるボイストレーナーという仕事をしています。
呼吸は、声は、現時点でもその人の生き方が如実に表れます。
なぜなら、それらはカラダとココロのバランスそのものだからです。

それらを変える、すばらしく逞しく、しなやかに変えていくという事は、
生きるシステムを変えるという事です。
主義主張や好みが変わるのではありません。
呼吸が変われば人生が変わります。ですから我々はその責任の大きさを感じて、
生徒さんと接しなければ鳴らないのです。

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Theme: モノの見方、考え方。
Genre: 心と身体

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