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テンションとは…

テンションあげて~!
といわれても、普通の方はまず、上がりません。
テンションが上がったふり、はできます。

そもそも、テンションとはなんでしょう。
張る力、や、緊張ということですね。
ところが、テンションをあげるといえば、
外に向かってパワーを放出するというような感じに取られがちです。
それではただはしゃぐだけ。
張る力、であれば、必ず外へ出る一方ではないはずです。

内なる力と外に向かう力…
これが綱引きをして、はじめてテンションがあがるのでは…

プラマイゼロの力だと、おもうのです。
その引っ張り合いが頂点に達したとき、身体は開ける。

つまり、爆発がおこるのだと思います。

芸術は爆発だ。
岡本太郎氏の言葉。
私にどれだけ理解できているかは疑問ですが、至言だと、思います。


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Comment

  • うたこ
  • URL

そうなんですよね。

レッスンです、はい!テンション挙げていきましょう・・・・は、鬱病の人にがんばれがんばれって言ってる様なもんですかね~。

そもそも、私がレッスンに向かう姿勢が鬱病みたいやから、そう感じるのかもしれませんが、

レッスンを始めた頃、指導されたことを忠実に練習した成果を、見て!、聞いて!、と、意気揚々と出かけてたもんです。そうよ!よくなったわねと言われたい・・・と言った感情からでしょうか、レッスンが嬉しくてたまらなかった・・・と、レッスン日記に記されています(2005年)きっと、氣が充実して、心も軽やかで、いわゆるテンションが上がってる・・状態だったんでしょうね。
見せかけのあげあげは、ほんと、へたるだけです。
氣が充実するために、何かをするって変やと思うんです、氣は、つくれるものなんでしょうか。変な哲学めいた話で・・・なんですが。
とすれば、平凡な日常の生活から、ある何かをするに当たって、テンションをあげる・・・いや、氣を充実させるというのは、充実してくるのを待つしかないのかしら。
やりたい、出来るようになりたい、この思いはものすごく溢れそうなくらいあるのに、それが、全くテンションとやらには結びつかないのです。
ものすごく、苦痛です。
先生のエネルギーに、負けてしまいそうです。

  • h.hamauzu
  • URL
うたこさんへ

ありがとうございます。

結論から言うと・・・
「氣」は創れる、と思っています。
いや、つくれます。
大変なエネルギーを消耗しますが、創れます。

喜怒哀楽というような単純でない「こういうもの」は創れるのです。
それは声を出す前にもう用意しなければなりません。「人為的」に。
人為的にテンションを上げる方法があります。

そのテンション、つまり「こういうもの」は、待ってても年に数回しか現れないでしょう。
普通の人なら。

だからボイストレーナーという職業があると思うのですが、
いまや、
トレーナーも演じる側も技術ばかりで、
しかもその技術はこれだけひろがると、誰でも出来る様になりつつあります。
だから私は全然先に進んでますけどね・・・w

旧来の根性論も、現代の技術一辺倒も・・・旧い。

  • うたこ
  • URL

創れるもの・・・
これを信じたいと思います。

ある縁で知り合ったボイストレーナーの先生がいるんですが、その先生がとにかく『氣』を満たすこと、『氣』をすべてのことに転換していく・・・ことを、とても重要視してるんです。その勢いに今、甘えて、何かをつかみたくてレッスンに通っています。

>トレーナーも演じる側も技術ばかりで、
しかもその技術はこれだけひろがると、誰でも出来る様になりつつあります。<

どの職業も、同じですね。技術の進歩で、誰でも、アホでもちょんでも、出来る時代になってしまってるけど、本来の姿を身につけるのは、最先端の技術でもなければ、最新の薬剤でもないんですよね。

でも、私・・・変わりたいです。
っていうか、改造しなきゃいかんかな~。

  • けいこ
  • URL
感想

例えばこちらばかりテンション高くて、相手が白けるといいますか、、、退かれてるのを感じる時があります。
1対1でなく、初対面の全体:自分ひとりの時に、です。だいたいは乗って熱くなるんだけど、日頃から斜に構えてるような数名は、乗らない。
で、彼らが悪いのかと言うともちろんそうではなく、「本物」に出会った時には(残念ながら映像なんですけど)ぴたりと、 マジな表情になる。

テンションが見せかけかそうでないかを思い知る、感動の瞬間でもあります。

逆にこちらが受け身で臨む場合、こちらの体調がイマイチだと、相手のテンションについてゆけず、疲労することもあります。

さらには、テンションは波形の振幅の大きさじゃないのだ!と発見する時もあります。
微かな口元の微笑でさえ、さざ波のように知らず知らず、こちらの心に及ぶことも。

テンションやエネルギーというと、何か大きなものを私などは連想してしまいがちですが、その実際は底知れず、です。

と、コメントしながら、Hiroshi師匠の仰る深遠な「テンション」とは、ズレてるような気もしますが。

  • h.hamauzu
  • URL
うたこさんへ

氣は、つくれます。
ただ、精神論ではありません。
気を落ち着けるとか、リラックスする、
ということや精神統一、も大切ですが、
それはあくまで手助け、と考えたほうがよいです。
たとえ、気が落ち着かなくともつくれますし、
つくれなければ意味がないです。
逆に氣をつくる「テクニック」をもっていれば、
気を落ち着けることもできるようになります。
氣が大切なのはもはや当たり前。
あとは氣を具体的なものとして捉えているか、
また、人為的に氣をつくり、そのおかげでテンションがあがる、という逆説的なテクニックを持つか、でしょう。

  • h.hamauzu
  • URL
けいこさんへ

テンション、というのは文字通り、張る力、です。
ギターの弦みたいなものです。
ですから、張らないと音はなりませんし、
張りすぎると切れてしまう。
それを身体の中で調整する、なんて、果てしなく素敵ですよね(^^)
綱引きを考えてみればわかりますが、
もし、一万人対一万人で、同じ体力同じ地面、つまり同条件で綱引きをしたとします。
その綱の真ん中にかかる緊張や半端なものではありません。
それでも真ん中につけられた旗は悠然としています。
このとき、縄自体は伸びていないのです。
内へ向かう力と外へ向かう力が拮抗してこそのテンションであり、
その爆発は音もしなければ、
暴れもしない、真ん中に立つ旗、のようなものなのです。
そのような状態を保ち続けてリサイタルをやると、終演後廃人のようなります。
つまり、躁鬱がはげしい。
これは、人としてあたりまえ。
動物だってそうです。
しかし、このようなテンション、つまり、引っ張り合いを、現代人は忘れがちです。
いや、あきらめてる?
その結果、うまく折り合いをつけられない方は、鬱になると思います。
勝手なことは言えませんが。
口元などに現れるものも、
身体の中でこの引っ張り合いがあるかどうかが、大きくかかわると思っています。

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