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父・浜渦章盛(実兄 浜渦正志がダイアリーに記した亡き父・章盛の人物像について)

みなさまあけましておめでとうございます!
・・・新年から何ですが、昨年他界した父について・・・
私の実兄である浜渦正志が自身のホームページのダイアリー(2011/12/31分)に記した
「父・浜渦章盛」を転載します。私も読んでみて、「ああ、オモロイおっさんやったなあ」と改めて思いました。
兄のホームページには写真(父の若かりし頃と最近の写真)もありますのでご興味のある方はどうぞ♪
http://monomusik.com/diary.html




父・浜渦章盛
2011.12.31
8月14日、父が他界した。私はかつて一度インタビューで父のことを語ったことはあったが、以来極力やらないようにしてきた。私には好きな音楽家や思想家は多数いるが、どうにも表現できないほど超越した存在として尊敬していたのが父だった。他人に父について語る時、どうにも真意が伝わらない。いくら「いや、ほんますごいんやて」と言っても家族のことだし、そもそも私がだらしない人間なので説得力がない。ただ唯一、最も無難な方法として、あまり語らないようにしようと思った。しかし今後のことを心配してくださる人もいるし、なんやかや考えて今年最後に少しだけ書くことにした。

私利私欲とは全く無縁、いつも弱い人のところに行っていた。語り出すと何時間でも聞いてしまうほど雄弁であった。一体どこで身に付けたのか、声、歌唱、解釈、演技、指導、作曲、演出、ピアノ、絵がまさに天才的であり、何より大衆的だった。なのにそれらの才能を自分のために使うことはほとんどせず、また興味も示さず、やはり毎日どこかで弱い者のためにそれらを適当に、しかし実に巧妙に組み合わせ、そして大胆に使っていた。すごいスポーツマンだった。近年はケンカは避けていたが、滅法強く、負けた噂を聞いたことがなかった。ボクシングのスパーリングでプロを倒してしまい、それで音楽家を選ぶような優しい人だった。音楽を誰でも楽しめるようにと無料のコンサートを35年以上も主催してきた。ブラックホールのような求心力があり、家には色んな職業、立場、民族、年齢、イデオロギーの人が毎日のように来ていた。しかも偏っていない。右から左から上から下から極度に広い。私も目の当たりにしてきたが、思えば大変な経験をさせてもらったと思う。満州から引き上げてきたときに栄養失調になり、心臓や目を煩っていた。小学生のときは一人暮らしや施設での生活を強いられたこともあった。それでも屈折どころか、成り上がることもしなく、やはり誰かのために奔走してた。10年近く前に全盲になり一級の障害者になったが、全く臆することも無く人の目を見てバリバリ語り、動き、牽引するので、初対面の人は言われるまで気づかなくて驚く。病院でも診察室の椅子まで普通に歩いて来たので、医者も目を診察してから、文字通り目を疑い「よく準備(失明するまでの訓練)されましたね」といたく感嘆していたとか。私が幼少の頃はラジオやテレビでパーソナリティをやっていて、街を歩くとすぐに声をかけられるほどの有名人だったが、突如それらを辞して次の目標へ移った。国からの表彰の機会があったが、あまり気に入らなかった上、表彰式でわざわざ上京することに「表彰する気があるなら向こうが来るべきやろう」と辞退するような人だった(そういえば経済学者だった母方の祖父も国からの表彰を辞退していたが、私の家族は異端ばかりのようだ)。ある日、父の指導する少年少女合唱団に、当時で言うツッパリのニイチャンが何人も並んで座っていた。一体どこでつかまえてきたのか、街の札付きの不良中学生グループだった。練習中、当時小学生だった私に一人が近づいて言った。ビビる私の耳元で「今…どこ歌ってんの?」「…あ、このへん…」。そんなある日「あいつらはこんなところに出入りしてるのか」と、練習中に学校の教師軍団がドヤドヤと乗り込んできたことがあった。父は子供たちの目につかないところに彼らを連れて行き、こう言って追い返したそうだ。「彼らは今、私の生徒なんですよ。あの子らはシューベルトとかモーツァルトとか、高級~な芸術をやっとるんですわ。あんたらのような下品な教師の来るところではないんです。練習の邪魔です、お帰り下さい!」。グループのリーダーが放課後体育館で先生を殴って倒してしまい、退学寸前になったときも、教育委員会でかように語った。「仕掛けて来たのは先生のほうで、○○君は授業中だからと放課後にしましょうと言ったんですよね。この時点で彼の方が大人です。そして自分で申し込んだ決闘にのこのこ出て行って負けた。あなたがケンカに弱かった、ただそれだけのことです」と。退学は免れた。またある日、彼らから相談があった。卒業に際し「学校にお礼参りをさせてください」と。今でこそほとんど聞かれないが、卒業式の後に学校に対して暴れるなど色々を仕返しをするというものだ。父はこれに対し「そんなことしたら、またお前らが悪者になるだけや」と策を与えた。卒業式当日、彼らは「お礼参りじゃあ!」と大きなスコップを持って校内を走り回った。「ほら来よった!」と警察に連絡する学校側。しかし警察が到着する頃にはそのスコップを使って校庭の隅をグループが掘り返してる。「記念植樹」をしていたのだ。…と、この一連の話だけでも書ききれないし、聞ききれてない話が多すぎる。要するにそれくらい面白い父だった。

私と弟はその背中を見て学んできたが、得られたのは「このオッサンには何をしても勝てない、ましてや同じ音楽という職業でなんぞ」というものだった。だから小学生のときの将来の目標は「音楽家以外」だった。また私は幼少時代から非常に内向的な性質で、こんなのがあの親の息子かと思われたくないところもあったため、いつもクラスの隅で黙っているような子どもだった。父と正反対のキャラと自覚していたので、人前に出るような仕事は無縁だと思っていたのもある。しかし…気づくと私も弟も音楽の道を進んでいた。合唱団での父の指導も見事過ぎた。私は3部コーラスでセカンドを長くやっていたのだが、そこで和声の面白さに(学問としては理解していないが)ハマってしまったのも大きい。父の選曲と編曲もまた見事だったのだ。好きになってしまったのは仕方がないので、せめて音楽のどこか一部分だけでも父を超えられるようにしようと思った。そして「おう、なかなかやるやないか」と言われるくらいにしたい、と。結局私は何一つ敵わないままだったが、思ったよりはがんばったらしい。病床の父に「お前、うまいことやったやないか(笑)」と褒めてもらった。そして最後の最後、息を引き取る直前まで、もうウケるほど父はカッコよく振る舞って逝った。父を近くで40年も見続けられたことを幸せに思うし、度肝を抜かれるような武勇伝の数々は人に伝えたくて仕方が無い。しかしもうこれ以上やりすぎると「幽霊!六甲で!マジ見たんやて!」くらいな感じになりそうので、これくらいで抑えておこうと思う。ただ浜渦正志はいい曲を書くとか、ちょっとオカシイやつだとか評価してくださる人がおられるならば、私はYMOだのバッハだの言ってはきたが、実のところはこの父の影響が大半であると認識していただいていいと思う。そしてトロくて運動神経が鈍い私が手づかみで魚とりが出来るのも、この父のおかげだと。

父の壮絶で面白すぎる半生の話を聞くたびに、私はいつも母に訊いていた。「なんでああなんやろ?」と。何故自分の得たものを、何の得にもならない対象に流し続けていたのか。本当に不思議で仕方が無かったのだが、私が30歳を過ぎた頃にようやく。「そういうのが好きなんや…!(笑)」と。別に「誰にも知られず…」みたいにヒロイックに振る舞いたい願望があるわけでもなんでもない。ただ単に本能がそうさせている。母はとっくに解っていたらしい。どうにもならない嗜好の問題。これが父という人物を作り上げていたのだ。そして今私は自分を見て、父に及びようがないと思いつつも、己の極端な嗜好にしか興味がいかないところがとても似ていると思うようになった。そんな私がフリーになったということがどれだけヤバいことか、父の死後あちこちから根本的な性格や考えはそっくりと言われるようにもなったし、不安と楽しみの気持ちで一杯の大晦日です(笑)。

最後に父がお世話になった方へ、長い間ありがとうございました。今後は長男として父の団体に関わっていくことがあると思いますが、どうぞよろしくお願いいたします。



自分の父のことを(父だからこそ)あまり多く語らなかった兄が、
今後のことも考えて記したもののようです。
転載の許可はもらっております。
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Comment

一度ボイストレーニング

してもらいたいかもしれない。
歌うまくなるのは嫌だから上手い歌はいらないって検索したらここに辿り着いた。

言ってること見て

見てもらいたいかもしれないって思ったのでコメントしてみました。

殻を打ち破ってぶち壊す歌を生み出したいです。








  • Hiroshi Hamauzu
  • URL
まいみ様

おはようございます。
コメントありがとうございました。
歌が上手いことはもちろん悪いことではありません。
しかしそれがゴールであるような歌はつまらないと感じるかもしれませんね。
そういう上手さは「巧さ」であって「美味さ」ではないのでしょう。
いまやただ上手い人はもういやというほどいらっしゃいます。
アマチュアでももちろんそう。
カラオケに行っても半分くらいの人はもしかするともう、上手いと言えるかもしれません。
ボイストレーニング業界においても「どうすれば上手く聞こえるか」
というものも多く見受けられます。
私とは相容れないものですが^^;
これもそういう需要があるからでしょう。
(歌が上手かったらモテますしねw)
歌は人に習うものではない。
では私は何をしているのか?(笑)
そのための絵の具をお渡しし、習わないことを知ってもらうため・・・?
とでもいいましょうか。
人に笑われたって、認められなくたって、あなたの歌をうたってくださいね

  • まいみ
  • URL

わかりました。

ありがとうございます。

自分なりにやってみます。

そこでひとつ、聞きたいことがあります。

好きな歌は、アーティストは誰ですか?

  • Hiroshi Hamauzu
  • URL
まいみさんへ

おはようございます。
がんばってくださいね。
もし私が役立つようなことがあれば、そのときには言ってくださいね。
5年後でも10年後でも(私がくたばっていなかったらね♪)

好きなアーティスト…
月並みだけどカーペンターズは好きですね。
あと「翼をください」のオリジナルを歌っていた「赤い鳥」の山本潤子さん
(合唱コンクールのイメージじゃないよ)
・・・何?古すぎる??
そうですね。
最近の方では「くるり」さんなんてすきですね。
曲では「ブレーメン」とか「さよならリグレット」とか。
あと「エレカシ」とか「ケミストリー」さんとか。
好き、というよりは安心して聴いていられる、という感じですが。
ストレートなのすきですね。
単純でしょ♪
でも伝わってくるものならなんでもすきですよ♪











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