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トレーナー生活で手に入れたもの(私がトレーナーを続けている理由)

ボイストレーナー生活を通じて手に入れたもの。
わがままに、前提条件は無視して書きます。気分悪くなったらごめんなさい。



自分の全体像をつかむこと。
考え抜く事。

これはボイストレーニングにおいても最も大切なことかも知れません。
身体全部をつかわないと自然な声はでません。
だけどそれができているひとはほとんどいません。
私も追いかけています。今も。これからもずっと。
みんな身体のどこかに偏った呼吸で声を出しています。
そして呼吸はそのひとを如実に物語ります。

自分の全体像がわからないと、
「相手が違う意見」というだけで拒絶反応をおこしてしまうでしょう。
同じ主張でも偏った自分から生まれたものと、全体像が見えた自分から生まれたものはまるでその意味が違います。

では、自分の全体像を掴んだもの同士がちがう意見、主義主張だとしたら?
そこでは拒絶反応どころか、違う世界に出会えたことに対する感動が生まれるのではないでしょうか?

もちろん熱い討論もあわせて始まるかもしれません。
右や左で大バトルかもしれません。
しかし僕はそこで初めてあたらしいものが生まれると思うのです。

これこそがひとの叡智であり革新であると思うのです。

だからこそ、相手と「自分自身全部」に対して尊敬の念をもつことが大切だと思うのです。

排除せず、取り込む。

大切だから大切なんていう、
安く偏ったものではないのです。

問題は相手との意見の食い違いなんかではない。そんなのは些細なこと。

違う主義主張、宗教のまま認め合うことができるのが人間であると信じたいのです。

自分の全体像を掴むなんて容易ならないことです。
どんなに努力しても自分は毎日変わるかわります。
身体も考え方も。
だから考えに考え、考え抜いて、
でも考えることをやめず、
そして原因を容易に特定しない。
「これが悪いのはこのせいだ」
なんて、考えることの放棄。
ボイストレーニングもまったく同じ。
原因なんて一つ前にあることなどほとんどない。
(たまーにそういう簡単なところでひっかかっている生徒さんもいるけれど♪)

そんな簡単なものではないと思うのです。

考える事。
その努力を放棄してなんの人間ぞ。
と言いたいのです。
それをボイストレーナー生活を通じて痛感しています。
声は「毎日変わりゆく身体全部」を使うからかもしれません。

そして今日も明日も、それを続けていこうと思います。
自分との対決から逃げずに、自己完結を目指して。

考えることを放棄しない。
でも動物のように全身を使って呼吸することで自分を広げる。

だから僕はお金はないけど毎日充実していられます。
それはやはり、そんな考えをさせてくれる生徒さん、家族、仲間、ぼくと意見の近いひと、違う人。
すべての人のおかげなのです。
感謝です!
ぼくにとっての感謝とはこういうことなのかな?と思います。



こんな駄文、長々と書いた拙文。
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