人には立場があります。
面子もあります。
立場がある以上、偏りのない意見や、報道など、
そもそもないのかもしれません・・・
ですから、すべての人と同じ価値観を共有するなど、
至難どころか、無理に近いかもしれません。
だからこそ、我々人間は、
戦うのではなく(戦うのはある意味安直ではなかろうか)、
互いのことを勉強し研究し、話し合うことにより、
互いの価値観を「認め合う」ことが求められるのではないでしょうか?
もちろん、最初から他を寄せ付けずに、排他的であれば、
自分や相手が、
「そんな価値観に至った経緯」すら見えてこなくなるでしょう。
だからといって
「向こうは聞く耳持たないから、認め合う必要なんかない!」
といってしまえば、
まさに相手と同じ土俵にいるのではないでしょうか?
つまり同レベルの争いになってしまうのでは・・・
相手がどんなに頑なでも、
なぜ相手がそうなったのか、
なぜそういう価値観を持つに至ったのかは、知りたいと思う。
そうでなくては一生、認め合うことなんかできそうもありません。
いま、国際的な問題で、
とことん話し合い、お互いの価値観を知ることができれば、
ある程度解決できることは、
かなりあるのではないでしょうか?
しかし、それをしないのは、
片方、あるいは両方が、
「解決してしまうと困るなにか」
があるのではないか、
と疑ってしまうのです。
早い話、
問題がうやむやだから助かっていたり、
仮想敵がいるからこそ、儲かったり、
政治がやりやすくなったり・・・
相手を認めることで不利益を被るのをさけていたり・・・
そんな私も無知のカタマリです。
むかし親父に
「無知は残酷で罪だ」的なことを言われたのを思い出します。
「知らなかったから・・・」って結構残酷ですもんね。
それが人間、といえばそれまでかもしれませんが、
そろそろ、人類も進化したいですね(全体が)
でも、少なくとも、相手のことを、真実をよくも知らないのに、
周りの意見や風潮で単に否定するような人間にはなりたくないなあ。
もう、結構なってるけど・・・
もうすぐ終戦記念日。
ふと、そんなことを考えてみました。
いつまでも日本の終戦記念日が1945年8月15日であって欲しい。
多くの犠牲を教訓に、
平和を享受できる今に感謝しつつ・・・
※あくまで個人的な意見です・・・
もちろん終戦記念日後にもいろいろな面でご苦労をされている方、
図らずも命を落とされた方、今もなお、
内外問わず平和が訪れない方々がいることを承知で、
表面的に記しましたことを、お許しくださいませ。
また内容は特定の何かを指したものではありません。
あくまで私の現在の、これからも変わり得る価値観で書かせていただきました。
ご理解くださいませ。
↓ブログランキングに参加してますです。サクッと一押し願います